2024年2月17日 (土)

■日々の泡----愛しきオールド・ストックホルム

 

ジャズの名曲に「ディア・オールド・ストックホルム」がある。哀愁を感じさせ、郷愁(ノスタルジーあるいはサウダージ)に充ちたメロディーを愛好するジャスファンは多い。多くのジャズ・プレイヤーが演奏しているけれど、僕がよく聴いた(今も聴いている)のはマイルス・デイビスとスタン・ゲッツの演奏だろうか。特にスタン・ゲッツ版は、名演と言われている。

スウェーデンでジャズは盛んなのかどうかは知らないが、ニールス・オルステッド・ペデルセンという名ベーシストもいた。歌姫モニカ・セッテルンドもスウェーデン出身だった。贅沢にもビル・エバンス・トリオをバックに歌う「ワルツ・フォー・デビー」は絶品だと思う。彼女を主人公にした「ストックホルムでワルツを」(2013年)を見たが、それによるとスウェーデンの国民的歌手だったらしい。

しかし、僕はつい最近までスウェーデンとフィンランドの位置関係がよくわかっていなかった。ロシアがウクライナに侵攻し、フィンランドとスウェーデンがNATO加盟を検討しているというニュース解説をテレビで見て、ロシアと長い国境を接しているのがフィンランドなのだと明確に認識した。昔、五木寛之の北欧小説で憶えた「スオミ」という言葉を思い出した。

考えてみれば、ギャビン・ライアルの「最も危険なゲーム」はフィンランドのラップランド(サンタクロースの故郷)が舞台になっており、ソ連国境の森林で狩猟マニアの金持ちが主人公を標的にした「最も危険なゲーム」を始める。初めて読んだ十代の頃にはそう思ったが、その後、英語の「game」には「獲物」という意味があり、本来は「最も危険な獲物」と訳すべきだと知った。人間は銃で撃ち返してくる「最も危険な獲物」だからだ。

さて、国でさえよくわかっていなかったので、首都となるとさらに混乱した。オスロ、コペンハーゲン、ストックホルム、ヘルシンキがどこの国だったかわからなくなるのだ。最近、北欧ミステリが盛んでテレビドラマや映画にもなっているので北欧の風景になじみができたが、スウェーデンとフィンランドの区別はつかない。両国はバルト海を挟んで向かい合っているし、かなり自由に行き来できるらしいからだ。

ストックホルムがスウェーデンの首都だとはっきり自覚したのは、先日、三部作をまとめて見た「ミレニアム(完全版)」(2009年)シリーズのおかげである。三部作を完成した作者が急死したことも話題だったのか、世界中でベストセラーになったミステリである。僕も一作めだけは読んだが、二作めと三作めは敬遠した。一作めの異常な猟奇犯罪でうんざりしたからだ。親子二代にわたる何十年も続く連続殺人(ゴメン、ネタバレです)も、ちょっとどうかと思う。

それにリスベットというハッカー(さらに彼女以上の能力を持つハッカーも協力する)が何でも簡単に調べてしまうのも、ちょっとずるい気がした。昔のミステリではコンピュータもグーグル検索もなかったから探偵役は地道に足で調べ、その調査の過程が小説になった。ロス・マクドナルドの探偵リュウ・アーチャーは、様々な人と会って話を聞くだけだといってもいい。そこから複雑な人間関係を解き明かしていく。

「ミレニアム」の原作を読んだときにはそんな感想を抱いたけれど、スウェーデンでの映画化作品(数年後にハリウッドでも映画化した)はとてもおもしろかった。コンピュータでの調査や古い写真をデジタル技術で解析していくシーンなど、映像で見せられると説得力を感じる。そのぶん、猟奇殺人の現場はグロテスクなのだけれど----。

「ドラゴン・タトゥーの女」「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」と続く三部作はジャーナリストのミカエルと優秀な調査員リスベットが主人公で、一部は本格派推理劇(孤立した島の中の犯罪)なのだが、二部三部はリスベットの過去が事件の中心になる。司法制度や裁判制度、あるいは警察官が検事に指揮されるなど日本と違うところもあり、ちょっと違和感を感じるが全部で九時間近い長丁場なのに飽きさせない。

その映画でストックホルムの街並みが映り、「きれいな街だなあ」と溜め息が出た。湖なのか海なのか水のある風景が美しいし、建物も落ち着いた美しさだ。ビル街の美しさというより、昔からのヨーロッパの雰囲気を感じさせる街である。そんな光景を見ていたら「ディア・オールド・ストックホルム」のメロディーが浮かんできた。

2024年2月10日 (土)

■日々の泡----なりたくない奴

 

昔の映画には「理想的な主人公」が存在した。観客はそれを見て己のダメな部分を自覚し、短期的にでも「あんな人間になろう」と思う。高倉健の「昭和残侠伝」シリーズを見て、「義理と人情 秤にかけりゃ」と歌いながら映画館を出てくるのは、「理想的な人格を持つ、男が惚れる主人公」に一時的に同化した現象だった。完全に感情移入し、花田秀次郎になりきっているのだ。

昔の映画の主人公はヤクザであっても犯罪者であっても、「あんな風になりたい、あんな風に生きたい」と思わせる存在だった。最近の映画に感情移入しにくいのは主人公に魅力がないからではないか。リアリティを尊重するためか、出てくる人間はどいつもこいつも性格が悪い。刑事が主人公だとしても悪徳警官だったりする。「現実には、こんな人間ばかりだよ」と創り手が主張している。しかし、ジャン=ピエール・メルヴィル監督は「映画は夢を描くものだ」と言っているではないか。

今はどうか知らないが、数十年前にアメリカのある映画協会が「映画史上の主人公ベスト100」を多くの人にリサーチして選出したことがある。そのとき一位になったのは、ジェイムズ・ボンドでもなく、ロッキーでもなく、インディアナ・ジョーンズでもなく、ましてスーパーマンでもなく、アティカス・フィンチという中年男だった。それを知ったとき、僕は「我が意を得たり」と思ったものだ。

「アティカス」と、その兄妹は父親を名前で呼んだ。アラバマの田舎町。1930年代のアメリカ南部である。その町で弁護士を営むアティカス・フィンチは妻を亡くし、息子とまだ幼い娘を育てている男やもめである。黒人のメイドが家のことは仕切っていて、子供たちのしつけにも怠りない。そんな生活の中、人望のあるアティカスは判事から誰も弁護を引き受けない黒人の弁護を依頼される。

日本では「暮らしの手帖社」から翻訳が出た「アラバマ物語」の実質的主人公であるアティカス・フィンチを、映画化作品(1962年)で演じたのは「仔鹿物語」(1946年)や「ローマの休日」(1953年)といった名作があるにもかかわらず「大根役者」と言われ続けてきたグレゴリー・ペックだった。しかし、アティカス・フィンチ役によって、彼はアカデミー主演男優賞を受賞する。それほどアメリカ人の心に残る演技だった。

僕も「あんな人間でありたい」と「アラバマ物語」を初めて見た少年の頃に思い、アティカス・フィンチをひとつの目標にした。しかし、それから60年、現実の世界を生きてきて、世の中には「なりたい人間」より「なりたくない奴」の方が多いことを学んだ。本来、尊敬されるべき存在であるはずの政治家にその多くのタイプを見る。最近では、文部科学省の大臣である。統一協会との関係を証拠写真と共に暴露され、弁解と言い逃れに終始している姿は「あんな奴にだけはなりたくない」と心底から思わされる。

僕が一番嫌いなのは「自己保身に走る奴、自己保身のためにウソをつく奴」であり、もっと嫌悪するのは「自己保身のためにウソをつき、人のせいにする奴」である。政治家は裏金などの問題が起きると「秘書の責任」「会計担当者の責任」にして自己保身に走る。文部科学省の大臣は統一協会の掲げる政策(家族主義。LGBTに不寛容)に賛同する書類に署名しておきながら「内容もよく確認せず署名した」などと見え透いた責任逃れをしている。僕が最も「なりたくない奴」は、簡潔に言えば「潔くない奴」なのだと思う。

 

 

2024年2月 3日 (土)

■日々の泡----映画字幕の違和感

 

先日、数年前にNHK-BSで放映されたときに録画しておいた「冒険者たち」(1967年)を改めて見た。放映時にチラチラと見ていたのだが字幕が新しくなっていて違和感を感じたので、その後も昔買ったDVD(最初の公開時の字幕)で見返していたのだ。最初に買ったLDはトリミングサイズだったが、その後、大森一樹監督を取材したときに「ビデオテープ版はノートリですよ」と教えてもらい、すぐに購入しDVD版が出たときにまた買った。

とりあえず、どのバージョンも最初の公開時版だった。リバイバル上映版は、ラストの要塞島のヘリコプターショット(今ならドローンショットか)にアラン・ドロンが歌う「愛しのレティシア」が重なるという最悪のバージョンだったが(僕は映画館で一度だけ見た)評判が悪かったのか、その後、アラン・ドロンの歌入りバージョンは出ていないようだ。しかし、字幕スーパーも最初のバージョンに馴れていると、新訳には違和感を感じてしまう。

そこで、「冒険者たち」の中でも好きなセリフを比べてみたい。まず、宝の在処がわかってコンゴの海を船で進んでいるときに、マヌー(アラン・ドロン)がレティシア(ジョアンナ・シムカス)に「ひとり一億フランを越える。何に遣う?」と訊くシーンだ。レティシアは「海の中の要塞のような家を買ってアトリエに改造して作品創りをする」と答え、「海は私の初恋の相手」と言う。それに対してマヌーは初めて告白する。しかし、その前にレティシアはローランに「あなたと暮らす」と言っているのだが----。

マヌー「大きな家にひとりかい。きっと寂しいよ。君の島はステキそうだ。一緒にどう? イヤかい」
レティシア「もちろん2人とも大歓迎よ」
そのとき、ハタを釣り上げ、ふたりで釣り糸を引く。
レティシア「ハタも独りで生きてる。長い人生を」
マヌー「孤独な哲学者になれる」
レティシアが棍棒でハタを叩き絶命させる。
マヌー「こいつはダメだけど----」-----公開時バージョン

マヌー「ひとりで住むのかい。俺も住みたいな」
レティシア「いいわよ。3人の家だもの」
ハタを釣り上げる。
レティシア「ハタは年寄りでも独りで生きてるのよ」
マヌー「年を取ると孤独で人生を達観するんだ」
レティシアが棍棒でハタを叩き絶命させる。-----新訳バージョン

まるで違う印象を受ける。フランス語でどう言っているのか、調べてみたくなった。どちらの字幕も「ひとり」と「独り」を使い分けているのは、日本語でのニュアンスを生かしている。この会話が、レティシアが死に、マヌーが死んで、最後に独りになってしまうローラン(リノ・ヴァンチュラ)の伏線になっていると、最初に見たとき(僕は十五歳だった)にはわからなかったけれど、「孤独な哲学者になれる。こいつはダメだけど」というセリフは深く印象に残った。

もうひとつのシーンのセリフ。撃たれたマヌーと抱き起こしたローランとの最後のやりとりも馴れた公開時バージョンがいいと思う。ただし、僕はずっと「この大嘘つきめ」と記憶していた。これは、僕の記憶違いなのか、本当に最初のバージョンはそう訳されていたのか、判然としない。「この大嘘つきめ」がいいと思うんだけどなあ。

ローラン「マヌー、レティシアは言ったぞ----お前と暮らすって」
マヌー「この嘘つきめ」-------公開時バージョン

ローラン「レティシアが何て言ったと思う----お前と暮らすって」
マヌー「ウソつきめ」------新訳バージョン

翻訳者は、どの言葉を充てるのが最適か(嘘とウソの表記の違いなど)と苦慮するのだろうが、やはり最初に見たときの字幕に強く影響されてしまう。また、人の名前も発音通りに直すのがいいのかどうか。昔、僕はサリンジャー作品「フラニーとズーイー」(原田敬一訳)を読んだのだが、その後、野崎孝訳「フラニーとゾーイー」が出て、ずっと後に村上春樹訳「フラニーとズーイ」が出た。また、僕はずっとマイルス・デイビスでなじんでいたのに、村上さんのエッセイを読むと「マイルズ・デイビスが正しいのでは」と書いている。

そういう意味では「冒険者たち」の原作であるジョゼ・ジョバンニの「生き残った者の掟」の翻訳本では、主人公たちはマニュ・ボレリとローラン・ダルバンと訳されている。このふたりはジョバンニのデビュー作「穴」から登場していて、そちらもマニュと表記されている。僕は新宿ゴールデン街の「深夜+1」でボトルを入れるとき、コードネームをマニュ・ボレリにするか、マヌー・ボレリにするか迷ってマニュ・ボレリにした。映画より小説の翻訳名を優先したのだ。バディであるローラン・ダルバンをボトルのコードネームにしていたのは佐々木譲さんだった。

ちなみに、「穴」(1960年)とジョバンニの監督デビュー作「生き残った者の掟」(1966年)でマニュ・ボレリを演じているのは、ミシェル・コンスタンタンです。どちらかと言えばイっちゃった目をした悪党面(「悪党パーカー」も演じている)ですが、とても好きな役者でした。「冒険者たち」にもセルジュ・レジアニという変顔の渋い役者が出ていますね。

 

2024年1月27日 (土)

■日々の泡----得意と失意

 

WOWOWが何年かぶりにNBAの中継を始めたので、ほとんどの試合を見ている。アメリカで最も人気があるスポーツは、アメリカンフットボール(NFL)だ。僕が熱心に見ていた頃(ジョー・モンタナがいた)は28チームだったが、その後30チームになり、今は32チームあるらしい。次いで人気があるのはバスケットボール(NBA)である。NBAはイーストとウエストそれぞれ15チームある。人気スポーツの三番目がベースボール(MLB)だが、大谷翔平人気で少し盛り返しているかもしれない。

NBAは世界最高のプロ・バスケット・リーグで、日本からも渡邊雄太や八村塁が出ていて、WOWOWも彼らの試合を中心に中継している。八村はロサンゼルスのレイカーズに在籍し、そこにはNBAのレジェンドと言われるレブロン・ジェイムス選手がいて、僕も毎試合「凄いプレーヤーだなあ」と見惚れている。レブロンは信じられないようなシュートを決めても淡々としているが、他の若い選手はシュートを決めた後、「どうだ」という顔をしたりガッツポーズをする。

ドヤ顔になったり、ガッツポーズをしたりするのを見るのは嫌いではない。勝敗を決めるスリーポイント・シュートを入れたり、迫力あるダンク・シュートを叩き込んだりするのだから「ドヤ顔」になるのは当然だし、凄く人間らしくていいと思う。ただ、先日、ある選手の「ドヤ顔」がアップになったとき、「ドヤ顔、という言い方が定着してしまったなあ」という思いが湧き起こり、「昔から『得意顔』という言葉があるのにな」と隣に座っていたかみさんに向かって口にした。

「得意顔」と「ドヤ顔」ではニュアンスが違うけれど、基本的には同じ状態を指す言葉だと思う。だいたい「どや、どや、ええか。ええのんか」という関西弁は、深夜のラジオ番組でエッチなニュアンスで使われていた。だから、どうしても下世話で下品で下ネタ的な印象がある。それに古い人間は「ドヤ」と聞くと「ドヤ街」だと思う。僕としては「得意顔」という昔からの言い方を支持したい気持ちが強い。それに「得意」には「失意」という対語もあり、奥の深さを感じるのだ。だいたい「意を得る」とは、どういうことか。「我が意を得たり」という言葉はどう使用されているのだろうか。

「得意」と「失意」という言葉に、僕は人生の浮き沈みを感じる。「得意の絶頂」が人生のハイライトなら、「失意のどん底」もある。長い人生は「得意のとき」と「失意のとき」で彩られる。そのどちらかに区分けできるかもしれない。僕の七十数年の人生を振り返ると、ほとんどが「失意のとき」ではあるけれど、そんな中にも何回か「得意のとき」があった。数少ない「得意のとき」は絶対に忘れない。暗く長いトンネルのような人生で、そこだけスポットライトが当たっている。ノーマン・メイラーあるいは石原慎太郎曰く「我が人生の時の時」である。

しかし、その時点では「得意の絶頂」だったとしても時間が経つと「失意」に変わることもあるし、その逆もある。若い頃から「書くこと」が好きだった僕は、就職で出版社を選んだが、大手総合書など二十数社を落ちて(オイルショックの逆風のときだった)小さな出版社に潜り込んだ。そこで四十年仕事をし、最後の十年間は編集を離れて管理部門を担当した。編集部時代は担当誌の休刊を三度経験し、二度は編集長としてだった。管理部門に移る話がきたときには、当時の先輩の役員に言わせると「涙ぐんでいた」そうだ(自覚はなかった)。

そういう失意の連続だったのだけれど、結局、管理部門で出版計画を立案し遂行する仕事をやって会社の根本的な方針変換を行うことになった。その結果、赤字が続いていた会社は黒字に転換し、その後、聞いた話では出版不況のまっただ中なのに前々期末には法人税節約のために社屋の大々的な改修を行い、全社員に半端な額ではない期末賞与を出したという。僕が退社したのは十年近く前なのでまったく貢献はしていないが、常務取締役として広告依存型の企業体質を変えることには貢献できたかなと「我が意を得た」気分になった。

「書くこと」に関連すれば、退職した先輩に頼まれてメルマガに原稿を書き始めたのが四十を過ぎた頃だった。八年ほど過ぎた頃、出版社(水曜社)から「本にまとめませんか」とオファーがきて、二冊のぶ厚い映画エッセイ集が出たときは僕の人生の「得意の絶頂」だったと思う。内藤陳さんに絶賛され、日本冒険小説協会の「最優秀映画コラム賞」を受賞して全国大会で挨拶し、大賞受賞の大沢在昌さんと話が盛り上がった夜は僕の人生のハイライトだった。

僕は「失意のとき」がほとんどだったので、「期待しない」ことを自戒としてきた。期待しなければ裏切られない。ガッカリしない。だから、自分の本が出ても過度に期待はしなかった。ただし、熱心な読者のおかげで四半世紀を書き続けてきたし、今の年齢になると「得意」も「失意」も大した違いはないと思えるようになった。「大学入試も就職試験も挫折続きだったけど、結果として仕事運・会社運はよかったよな」と思っているし、七冊の映画エッセイと小説(電子書籍三編を加えると四編)を出せたのは幸せだったと思っている(と言い聞かせている)。

 

2024年1月20日 (土)

■日々の泡----バルザックの幻滅

 

先日見た「幻滅」(2022年)が面白かった。フランスでセザール賞の作品賞などを受賞した映画らしい。バルザックの「人間喜劇」の中の一編「幻滅」が原作である。田舎の貧しい青年詩人が文学パトロンの侯爵夫人と恋仲になり、ふたりでパリに出てくるが、上流社会に憧れながら金次第で提灯記事を書く無頼な新聞記者となり、夢が潰える、幻想が滅する物語であった。彼は貴族の家系である母方の姓にこだわり、「ド」が入る名前を名乗る。地方出身であることも強調され、バルザック自身を思わせる主人公だった。

大学でフランス文学を学んだ身としては、かの文豪バルザックの作品については少なくとも数編の代表作「ゴリオ爺さん」「従妹ベット」「谷間の百合」くらいは読んでいなければならないのだけれど、実は授業のテキストだった「谷間の百合」しか手にしたことはない。今もフランス語の原書が棚に並んでいる。翻訳で「ゴリオ爺さん」を持っていたのだが、とうとう読み切れなかった。

昔、早川書房からツヴァイクが書いた伝記「バルザック」が出ていて、それをずっと読みたいと思っていた。何しろ「人間喜劇」という総タイトルの元、百編近くの小説を書いた人である。地方出身でパリに出る。「オノレ・ド・バルザック」と自称し、貴族の称号「ド」を入れることにこだわった。その俗っぽさ、野心のようなものに興味が湧いたのだ。肖像も髭なんか生やした肥満体で、上昇志向を隠さない俗物らしさが漂う。

ところで、今も持っている「谷間の百合」の原書は500ページ近くある分厚さで、講読の授業をロクに聴いていなかったのか、書き込みなどもまったくない。先生は詩人の渋沢孝輔さんか入沢康夫さんだったと思う。いや、入沢先生の授業ではマラルメの詩集を採り上げたのかもしれない。そうだとすると、渋沢先生はランボー全集の原書をテキストにしていたかも----。では、「Le Iys dans la VAllee」講読の担当教授は誰だったのだろう。鈴木康司先生か、望月義郎先生か? 半世紀も前のことだから記憶も曖昧になっている。

「谷間の百合」に関しては、原題に疑問があった。フランス語には男性名詞と女性名詞の区別があり、それによって冠詞も変わってくる。男性名詞なら「le(ル)」であり、女性名詞なら「la(ラ)」である。また、形容詞も変化する。「ヌーボー・ロマン」と「ヌーヴェル・ヴァーグ」を例にすれば、「小説(roman)」は男性名詞だから「新しい(nouveau)」となり、「波(vague)」は女性名詞だから「新しい(nouvelle)」となる。

女性名詞か男性名詞かの判断はフロイト学説を応用すればほぼ当たると、一年先に同じ大学の仏文科に入学していた物知りの高校時代の友人に教えられた。「傷つけるもの」「尖ったもの」など男性性器的なものは男性名詞、「包み込むもの」「何かを入れるもの」など女性性器的なものは女性名詞なのだという。それは彼独自の理論だったのかもしれないが、フランス語の名詞を憶えるたびにその法則が当てはまるのを確認した。しかし、「谷間の百合」の場合、「百合」は男性名詞、「谷間」は女性名詞だ。僕は「百合」が男性名詞であることに違和感を感じた。「花(fieur)」は女性名詞なのに。あの理論は、本当に正しかったのだろうか。

ところで以前にも書いたことなのだけど、十数年前、スペイン料理のシェフである兄貴分のカルロスと夜中の歌舞伎町でぼったくりバーに入ったことがある。ジャマイカから来たという黒人の客引きをカルロスが冷やかし「タマには、いってみるか」とついていったのだが、客は誰もおらず数人の女性が僕たちを取り囲んだ。僕の右隣についたのはフランスから来たという金髪女性だった。僕は片言のフランス語で話しかけ、なぜか「『谷間の百合』を読んだか」と訊くと彼女は「何?」と言う。「バルザックは知ってる?」と続けると「ジュ・ヌ・セ・パ/Je ne sais pas」と答えた。まあ、夏目漱石を知らない日本人もいるからな、と自答した。

その店は、カルロスがメニューのオードブルの値段を見て「出るぞ、兄弟(きょうでぇ)」とドスを効かせ、僕が「おう、兄貴」と応えたので、カウンターの怖そうなお兄さんもビビったのか、とりあえず脅されずに出たけれど10分ほど座っただけで一万円支払った。カルロスは地回りにヤクザの幹部と間違われたことがある風貌だし、その夜の僕はキチンとしたスーツに縁なしのスリーポイントのメガネをし、ブリーフケースを抱えた経済ヤクザみたいな雰囲気だったので無事だったのかもしれない。

 

2024年1月13日 (土)

■日々の泡----悪党たちの駆け引きの面白さ

原田眞人監督の「BAD LANDS」(2023年)が面白かった。原作は黒川博行さんの「勁草」、黒川作品は漢字二文字が多い。黒川さんは、昔、藤原伊織さんの文庫本の解説を書いていたのを読んで初めて知った作家だった。そのとき、大阪人であり、美術教師だったことがあり、無類の博打好きだと知った。関西育ち、美術好き、ギャンブル狂という共通点が藤原さんと黒川さんを結びつけたらしかった。黒川さんは「イオリン」と書いていた。

黒川作品の特徴は、ロクな奴が登場しないということだろうか。警察もヤクザも闇社会の人間たちも悪党ばかりで、昔、兵庫県警ものを読んだとき、共感できる登場人物がひとりも出てこないのでうんざりしたことがある。直木賞を受賞して以来、作品が映画化されることが多くなったけれど、「後妻業の女」(2016年)「破門 ふたりのヤクビョーガミ」(2017年)を見てもロクな奴は出てこない。

それでも見てしまうのは、全編に漂うユーモアがあるからだろう。ヤクザや犯罪者ではあるけれど、その言動はどこかおかしみがある。「BAD LANDS」も悪党ばかりが出てきて悲惨な殺しあいが続くが、そんな中を主人公のネリ(安藤サクラ)が軽やかに駆け抜ける。彼女の動き・身のこなしが映画のリズムを作り出す。階段は必ず駆け上がるし、鮮やかなナイフさばきを見せる。変装のためにリバーシブルのコートを翻して着替えるシーンさえ強い印象を与える。

ずっと「安藤サクラ、いいぞ」と思いながら見ていた。したたかで、頭が切れる。自分を調べている男の喉笛にナイフを突きつけて脅す度胸もあれば、受け子に使っている最下層の連中への人情(あるいは思いやり)を見せることもある。冒頭、「BAD LANDS」という店名のビリヤード・バーでの店主の老女との会話からテンポよく始まり、高城(生瀬勝久)が登場してのやりとりもリズムがいい。関西弁が生きている。

続いて、特殊詐欺グループの実態が描かれる。高城は元締めで、ネリは狙った獲物の調査と実際の受け子を指示する役割で「三塁コーチ」と呼ばれている。獲物の周囲を注意深く観察し、受け子に接触するか中止するかのサインを出す役だからだ。けっこう長い時間をかけてじっくり描かれる特殊詐欺グループの実態は興味深い。その日、獲物には警察のマークがついていた。二カ所で同じ人間がいたことで、ネリは刑事だと気付く。

ストーリーは細かなトリックが多く、どんでん返しもあるので、あまり詳しく書けないけれど、ネリの血のつながりはない弟(山田涼介)が出所してきたことで状況が変わり始める。また、ネリは何かから逃げているらしい。表の顔は経済人でも、裏の顔はサディストの犯罪者みたいな人物も出てくるし、警察側の登場人物たちもユニークなキャラクターとして描かれている。

それにしても、主人公が平気で人を殺し大金を奪う物語が、どうしてこんなに妙な爽快感を生むのだろう。殺すのも殺されるのも、悪党たちの自己責任という気持ちになる。そんな世界で生きているのだから殺されても文句言えないよね、という感じだ。元は善良な人々を騙して得た大金とはいえ、悪党の金を奪うならいいじゃないか、とも思わせる。この際、市民的モラルはお呼びじゃない、のである。

ただ、昔の犯罪ものは「犯罪は引き合わない」結末だった。苦労して得た大金を失う「大いなる徒労」という終わり方が多い。有名なのは「地下室のメロディー」(1963年)でプールの底に隠したバッグから札束が浮かび上がり、水面を覆い尽くすラストシーンだろう。しかし、いつの頃からか、様々な予期せぬ状況を乗り越え、様々な敵を出し抜いて大金をせしめた主人公が去っていくシーンに観客はカタルシスをおぼえるようになったらしい。「BAD LANDS」のラスト、疾走する安藤サクラのストップモーションに心躍った。

 

 

2024年1月 6日 (土)

■日々の泡----人間の社会的生産性?

 

2024年が明けた。早々に北陸で大きな地震があり、翌日には羽田空港で飛行機同士が衝突し機体が燃えた。亡くなった海保の五人の乗務員たちは、被災地への支援物資の補給に向かうところだったという。何とも言いようのない気持ちになった。人がこの世に生きているのは、基本的には何らかの形で「世のため人のため」に役立つからだと考えている僕は、こういう直接的に人々の役に立っている人たちの悲報には心が深く沈む。

翻って現在の僕は何か「世のため人のため」に役立つ存在になっているかと考えると、寂しいことだが「ほとんど役立っていないな」と答えざるを得ない。自民党の差別主義者の某女性国会議員Sのように「生産性」をもって人の価値を判断する基準とするなら、僕の生産性は相当に低い。リタイア生活をしている高齢者は、おおむね社会的生産性は低いと思う。

しかし「世の中に役立つ」という基準だけで人を見るようになると「役に立たない人間は排除する」と考えがちで、優性思想と相まって極端に突き詰めるとナチスと同じ考えになる。ナチスは精神あるいは肉体的障害者を収容あるいは抹殺し、特定の人種を断種した。最近の日本でもそういう風潮はあり、何かというと「生産性」や「社会的コスト」を口にする人もいる。極端な人間は、津久井湖の障害者施設であったような大量殺人を起こしてしまう。

僕の母は、病院でほとんど寝たきりになって三年目に入った。面会にいっても、じっと僕を見るだけで何の反応もない。毎月の支払いは20万円弱ですんでいるが、それは介護保険という社会的セーフティネットのおかげである。その支払額から類推すると病院へは毎月150万ほど入っているはずで、年間一千万以上の金額が公的保険から支払われている。98歳の寝たきりの老人のための費用である。生産性はゼロで、社会的コストは膨大だ。

昔、「ソイレント・グリーン」(1973年)というSF映画があった。近未来のアメリカ、ある年齢になると人々は公共施設に集められ眠るように安楽死させられる。そこは「ソイレント・グリーン」という政府が配給する合成食品の製造所でもあった。政府は高齢者問題と食糧問題を同時に解決するために、そのようなシステムを構築したのだ。この映画は公開当時、けっこうショッキングに受け取られたが現在ではそうでもないかもしれない。

最近の日本映画を振り返ると、「PLAN 75」(2022年)という倍賞千恵子主演作品がある。75歳になると安楽死を選べる制度が施行された近未来の日本である。旅行代理店みたいな専門ビューローで「PLAN 75」を申し込むと、担当者が親切に面倒を見てくれる。孤独な老女を演じた倍賞千恵子はそのプランを申し込むのだが----という物語である。カンヌ映画祭で高い評価を得たらしいから、先進国では高齢者問題が共通の悩みなのかもしれない。

僕は団塊世代の直後の生まれなので、大きな塊が通過した(荒らした)跡をたどって生きてきた。昭和22年から24年までに誕生した団塊世代はとんでもない数だから、現在75歳から77歳の高齢者は今後ますます社会的重荷になるだろう。生産性がないだけでなく、医療・介護を始めとして大きな社会的負担になる。加えて少子化が止まらないから財政は破綻し、セーフティネットは崩壊する。その結果、自己責任論が噴出し、高齢者の中でも弱者は最初に切り捨てられる。

正直に言うと、僕は「安楽死制度」を日本でも認めるべきだと考えている。ヨーロッパのいくつかの国やアメリカのいくつかの州、最近ではカナダやニュージーランドは安楽死を認めている。まだまだ少ないし厳しい条件があるけれど、個人の責任で安楽死(現在、日本で言われている尊厳死ではない)できることは、ひとつの選択肢としてあるべきではないかと思う。ただ、お上が制度として行う「ソイレント・グリーン」や「PLAN 75」みたいなのはグロテスクなだけだけど----。

まだ頭がしっかりしている頃に母は、「寝たきりでベッドで何年も生きるなんて絶対にイヤだ」と言った。その言葉を思い出し、僕は「延命処置はいりません」と医者に話し胃婁処置も断ったが、「誤嚥を防ぐ治療行為」と言われ鼻から胃へチューブを通して栄養を入れることになった。その状態で三年目に入る。そんな母を見ていると、己で判断できるうちに死を迎えたいと強く願う。元旦早々から暗いニュースが続く中、僕も昏い気分に陥っているらしい。

 

 

2023年12月30日 (土)

■日々の泡----小人閑居して不善を為すはずが

 

「小人閑居して不善を為す」という言葉を、ときどき口にする。己への戒めである。「小人」をどう解釈するかだが、僕はほとんどの人は「小人」だと思っている。尊敬の念を抱いて「大人」と思える人には、厳密に言えば今までに一人しか会ったことがない。「大人の風格を持った人」にまで範囲を広げても、思い浮かぶのは数人だ。七十過ぎまで生きてきて数人なのだから、たぶん世の中のほとんどの人は「小人」なのだろう。

また、「不善を為す」を「よくないことをする」というより「ろくなことをしない」と受け取っているので、要するに「人間はヒマだと、ろくなことをしない」という解釈になる。吉野弘さんの「日々を慰安が」を始めとする初期の詩編からは「労働者は多忙にしておけばよい」と資本家がうそぶいているイメージが浮かぶのだが、仕事をリタイアしてからは皮肉ではなく「多忙は慰安だった」と僕は思っている。

それでも実家にいて父母の介護をしている間は、「小人閑居して不善を為す」こともなかったのだけれど、昨年の四月に父を送り、母は三年前から完全看護の長期療養型の病院に預けてあるので、父の葬儀や四十九日や相続関係が片づき、今年の二月以降、母の成年後見人として家庭裁判所からの裁定が降りてからは「閑居」状態になってしまった。

まず、三月末に久しぶりに千葉の自宅に帰った。一年以上も会っていなかった兄貴分のカルロス(渋谷のスペインレストラン「ラ・プラーヤ」のオーナーシェフ)と呑もうと思っていたのだが、カルロスが転倒して大腿骨を骨折して入院してしまい果たせなかった。ひと月ほど自宅にいて再び高松の実家に戻ると、両親が飼っていた老猫がひどい歯周炎で入院手術になり、二ヶ月ほどは猫の介護をすることになった。

猫が回復したので義姉に預けて六月末から七月末までひと月余り、また自宅に戻った。七月上旬には四泊五日でカミさんと北海道旅行にいき、レンタカーで五百キロ近く走りまわった。旅行をするのは五年ぶりだった。カルロス兄貴とも浅草で呑み唄い(なぜかカルロスとだけはカラオケにいき岡林信康と荒木一郎を選ぶ)、神谷バーに一年ぶりにいった。七月末に高松に戻り母の面会にいったが、いつものように寝たきりで目を開けて僕を見ても何の反応も示さなかった。

したがって、特にやらねばならないこともなく、まさに「閑居する」状態になってしまった。これは、今年一月に二冊の本を上梓したことも関係している。昨年の秋は、その準備でいろいろやることがあったし、本が書店に並んでからしばらくは高揚感も持続していた。自宅に戻って処理すべきいくつかのことを片づけてからは本当にやることがない。配信で旧い映画を見て、本をパラパラと紐解き(歳のせいか長く読み続けられない)、週に一度、駄文を書きブログを更新するだけだ。

と思っていたら、十月になって老猫が急激に衰弱し、十日間、動物病院に通って点滴と痛み止めの処置をしてもらったが、十月半ば過ぎに死んでしまった。自宅に帰る予定にしていたので半月ほど戻ったもののペットロスが続いていた。気分転換のためにカミさんと袋田温泉へ紅葉を見にいったけれどまだ早く、滝の周囲もところどころ紅くなっているだけ。おまけに、翌朝、カミさんが風呂場で転倒し大腿骨骨折で救急車を呼ぶことになった。

旅先での大怪我に困惑したが、大子町の救急病院が連絡手配してくれて自宅近くの総合病院(カミさんが三度ほど入院したところ)まで救急車で移送してくれることになった。ドクターヘリという話もあったと後でカミさんに聞いたが、受け入れてくれる病院にヘリポートがなく、三時間近くかけての移送になった。僕は救急車を追って常磐高速を疾走することになり記録的短時間で病院に着いたけれど、さすがに救急車はすでに到着しており、カミさんは救急病棟に入っていた。そこから五週間の入院になった。

十一月には母の後見人としての報告書を高松の家庭裁判所に提出しなければならなかったので、一旦、実家に戻り、様々な処理をした、十一月末に再び自宅に帰り、カミさんの退院準備をし、当日は迎えにいった。入院中は何もやることがなかったのだが、杖を突いて足を引きずる状態なので家事はすべて僕がやることになる。右足骨折でまだ完全に膝が曲げられず運転はできないため、通院、リハビリ、買い物にカミさんを送迎しなければならない。

つまり、閑居できる状態ではなくなった。年末年始を迎え、さらにやることは増えるだろう。本音を言えば、十年近くに及ぶ両親の介護生活から解放され「小人閑居して不善を為す」ことを楽しみにしていたのに、父母の介護、猫の介護に続いて配偶者の介護をしなければならない。「やれやれ、こんなはずではなかったに----」と、ため息をつく2023年の年末です。

 

2023年12月23日 (土)

■日々の泡----口ずさむオードリー

 

オードリー・ヘプバーンが歌うシーンでよく知られているのは、「ティファニーで朝食を」(1961年)でアパートの外階段の踊り場でギターを弾きながら口ずさむ「ムーン・リバー」だろうか。原作者のトルーマン・カポーティは主人公(ジョージ・ペパード)の描き方に激怒したらしいが映画はヒットしたし、「ムーン・リバー」もスタンダード・ナンバーとして残った。

フレッド・アステアと共演した「パリの恋人」(1957年)やジュリー・アンドリュース主演のブロードウェイ・ミュージカルのヒット作「マイ・フェア・レディ」(1964年)の映画化作品などでもヘプバーンの歌は聴ける。ただし、「マイ・フェア・レディ」の場合はほとんどが吹き替えられた。映画スターとしては無名のジュリー・アンドリュースを映画会社は使わなかったからヘプバーン主演になったけれど、本格的に歌の練習に打ち込んだヘプバーンは屈辱を味わうことになった。

しかし、ヘプバーンの歌はなかなかいい。それも鼻歌風がいい。僕は昔からヘプバーンの歌として一番に思い浮かべるのは、「麗しのサブリナ」(1954年)である。この中でヘプバーンは何度か鼻歌のように口ずさむ。ひとつはフランス語で歌う「La Vie En Rose」だ。運転するハンフリー・ボガートの横でパリ帰りのサブリナは、エディット・ピアフがヒットさせた「バラ色の人生」を口ずさむ。

ただし、僕が昔から気に入っているのは「Yes! We Have No Bananas」である。やせっぽちの運転手の娘がパリから見違えるほどの美女になって帰国し、屋敷の次男坊(ウィリアム・ホールデン)が熱を上げる。巨大企業を束ねる長男(ボギー)は、二人の仲を裂くためにサブリナをヨット遊びに誘う。ヨットに古い蓄音機を乗せ昔のヒット曲をかける。それを聴いたサブリナは「面白い歌ね」と言って、「We have no bananas today」とレコードに合わせて歌う。歌詞がユニークなのとリズムがよくて、僕も覚えてしまった。

先日、F・スコット・フィッツジェラルドの「夜はやさし」を読んでいたら「オーケストラが媚びるように、〈はいはい、バナナでしたらございません〉を演奏し始める----バンドリーダーはすっかり悦に入ってる様子で、彼らは仕方なくぱちぱちと手を叩いた」という一節が出てきた。「夜はやさし」は「グレート・ギャツビー」に続く四作目の長編で、1934年に出版された。その頃のヒット曲なのかもしれないと思って、改めて検索してみた。

その結果、1922年にブロードウェーで上演されたレビュー「Make it Snappy」の中で歌われたものと判明。当時、レビューやミュージカルの中の曲がヒットし、アメリカン・スタンダードになることは多かった。歌ったのはエディ・カンターである。エディ・カンターはボードヴィリアンであり、映画に主演して人気を博した。戦前の日本でも何本も主演作が公開されている。カンターを「勘太」と表記し、「突貫勘太」(1931年)「当り屋勘太」(1936年)などがある。

「麗しのサブリナ」は1954年製作だから、歌が発表された年から数えると32年後になる。フィッツジェラルドが「夜はやさし」の原型になる物語を書き始めたのは1925年に「グレート・ギャツビー」を出したすぐ後だから、「Yes! We Have No Bananas」は当時のヒット曲だった。「夜はやさし」はハリウッド映画で人気の出た18歳の女優が、南仏リビィエラのリゾートで魅力的な夫婦に出会い夫に恋をするのが導入部。ナイトクラブなどがよく登場する。おそらく実際にそこで演奏されていたのだろう。奇妙なタイトルだから、フィッツジェラルドも具体名を出したのではあるまいか。

ということで、長年気になっていた歌の出自が判明してスッキリした気分になった。ショートパンツに半袖シャツ(裾をおへその辺りで結んでいたかもしれない)姿でヨットに乗る(撮影はスタジオ。背景の海はスクリーンプロセス)サブリナことオードリー・ヘプバーンの姿が浮かんでくる。笑顔で「We have no bananas today」と歌っている。スクリーンのオードリーに合わせて、僕もつい口ずさむ。.

■新刊二点、発売してます

2023年12月16日 (土)

■日々の泡----へそ曲がり作家の新作

志水辰夫さんの新作が書店に並んでいた。ハードボイルド作家の「19年ぶりの現代小説」と謳っている。帯にコメントを出している顔ぶれが凄い。解散した「冒険小説作家クラブ」の大御所たちが86歳の作家に賛辞を寄せている。それにしても「へそ曲がり」ぶりは変わっていないらしく、タイトルが「負けくらべ」である。いかにも志水辰夫ではないか。

もう40年以上も前のことになった。1981年の夏、僕は書店でソフトカバーの単行本を見つけて手に取った。版元は講談社だったが、並製本のソフトカバーだったから、「あまり期待されていない新人作家かな」と思ったものだ。内容の紹介を見ると、日本では珍しい冒険小説だった。ストーリーはほとんど忘れてしまったが、オホーツクからソ連領内に密かに潜入する物語だった。

「冒険小説」という言葉が使われるようになったのは、いつ頃だったろうか。それまで「冒険小説」というと少年小説をイメージすることが多かったが、早川書房が60年代からハモンド・イネスやアリステア・マクリーンなどの英国製冒険小説を出し、それが定着した頃だろうか。ポケミスで出ていたギャビン・ライアルもそのジャンルに入れられるようになった。ギャビン・ライアル作品は英語版ペーパーバックでは「スリラー」と銘打たれている。

70年代に入り、ジャック・ヒギンズの「鷲は舞い降りた」、デズモンド・バグリィの「高い砦」などが評判になり、福永武彦が愛読していると読書エッセイを朝日新聞に寄せたりし、一気に読者層が広がったと思う。内藤陳さんが読書エッセイ「読まずに死ねるか」で「冒険小説」という言葉を用い始め、「日本冒険小説協会」を立ち上げたことも大きな要因だった。

僕が手にした新人作家のソフトカバーは「飢えて狼」だった。そのタイトルのニュアンスが気に入って購入し、その日の内に読み終えてしまう。作者の経歴紹介を見ると意外に年輩だったが、同じ四国(高知県)出身ということで親近感を抱いた。出版関係の仕事をしており、そのことにも意を強くした。僕も出版社に勤めながら下手な小説を書いていたからだ。

当時、僕は純文学を志していて「文学界」新人賞に応募し、一次選考を通ったと喜んでいた。1981年の夏は、三十歳を目前にして少し焦っていた頃かもしれない。「とうとう俺も30か」という気分だった。僕らの世代は「don't trust over thirty(30以上を信じるな)」と言ってきたものだから、自分が30になることに妙なあきらめを感じていた。

志水辰夫の二作目は1983年発行の「裂けて海峡」だった。その最後のフレーズが評判になった。体言止めを繰り返し、「私の死。」で終わる。それが謎だったが、叙情的なフレーズが心に残った。いわゆる「シミタツ節」と呼ばれるきっかけになり、多くの愛読者を獲得した。「飢えて狼」以来の読者だった僕は鼻を高くした。

それから怒濤の快進撃が始まった。1984年には「あっちが上海」「散る花もあり」「尋ねて雪か」、1985年に「背いて故郷」、そしてギャビン・ライアルの「深夜プラスワン」にオマージュを捧げた「深夜ふたたび」(1989年)まで、僕はすべての志水作品を読んだ。異色なのは「あっちが上海」「こっちは勃海」と続く、スラップスティック調のユーモア小説だった。

後に、ドナルド・E・ウェストレイクの「ドートマンダー」シリーズのような作品を書きたかったと語っていたが、シミタツ節を期待して読んだ新作「あっちが上海」は、読んでいて椅子から落ちそうになるくらいズッコケた。冒険小説を期待しながら、小林信彦の「オヨヨ大統領」シリーズを読まされた気分だった。志水辰夫の「へそ曲がり」ぶりが発揮された一冊だった。

昔、内藤陳さんと志水辰夫さんの話になったことがある。読者の期待があると「裏切りたくなる」と志水さんは語ったことがあるという。やはり、相当な「へそ曲がり」だ。一世代下の冒険小説・ハードボイルド小説の作家たち、北方謙三、大沢在昌、佐々木嬢などが直木賞を受賞し大物作家になるのに比べ、あえて売れない方向を目指しているのではないかとさえ思えるような作品を書き続けてきた。

だが、例外的に「行きずりの街」だけはロングセラーになり、映画化もされた。それも出てすぐではなかった。その年の冒険小説協会大賞は受賞したが、ジワジワと評判になり何年にもわたって売れ続け、その結果として阪本順治監督によって仲村トオル主演で映画化(2010年)されたのだ。塾の教師が教え子を捜しに上京する、地味なハードボイルド小説である。あえて、派手なアクションは書かない、と決めているような作品だった。新作もヘソは曲がっているのだろうか。

高松市立図書館で調べてみたら、「負けくらべ」をリクエストして待っている人数は十数人だった。やはり、それなりに読者はいるのだ。しかし、東野圭吾の新作は266人待ちである。そんなに待つなら「買えよ」と思うけれど、昔、佐々木譲さんの「警官の血」が評判だったときも100人以上の待ちだった。冒険小説協会全国大会で大賞受賞の佐々木さんと相部屋になり、そのことを話したら「うれしいなあ」と素直に喜んでいた。いい人だなあ、と思ったものだ。

 

■新刊二点、発売中です

 

 

«■日々の泡----三浦友和の成熟

無料ブログはココログ
2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29