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2016年6月 9日 (木)

■映画と夜と音楽と…730 怒りは静かに燃やせ


【ランボー 怒りの脱出/ランボー3 怒りのアフガン/怒りを込めてふり返れ/怒りの葡萄】

●感じやすいために恨んだり悔やんだりする気持ちが多い

このコラムを始めた頃だから、もう十七年近く前になる。当時はけっこう読者からメールをもらったが、その中に「なんて理屈っぽいことを書く人だろうと思いました」というものがあった。自分ではまったく理屈っぽくない人間だと思っていたので、そう受け取る人もいるんだな、と少し意外だった。僕は非常に感情的な人間で、そのことで失敗ばかりしている。論理的で理屈っぽい人間なら、もう少しましな行動を取るのではないか。失敗することも少ないのではないか。そんなことを思った。

昔、五木寛之さんのエッセイで「多情多恨」の意味をどう解釈するか、ということを読んだ記憶がある。そのエッセイの中には、当時の人気作家でハードボイルドを実践していた生島治郎さんが登場した。ハードボイルドとは「多情多恨」である、と生島さんは言ったという。「多情多恨」を辞書で引くと、「感じやすいために、うらんだり悔やんだりする気持ちが多いこと。また、そのさま」とあり、用例として「芸術家は本来、多情多恨だから」という夏目漱石の「吾輩は猫である」の一節が引用されていた。

そのエッセイを読んだのは高校生の頃だから、もう五十年近く以前のことになる。そんな昔のことをなぜ憶えているかというと、そのエッセイを読んで自分が「多情多恨」であると気付いたからだった。その頃から僕は感情的で、感傷的な自分がひどく嫌いだったのだが、持って生まれた性格は変えようもなく、そのことによって子供の頃から多くの失敗を重ねてきた。失敗というのは、主に対人関係である。僕はよく「友だちいないからなあ」というボヤキを冗談めかして口にするけれど、本当は友人を失くして生きてきたのである。

ここまで書いてきて、昔も同じようなことを書いた気がしてきた。「多情多恨に生きる」というタイトルが甦ってくる。「映画がなければ生きていけない」の一巻めを見たら、そんなタイトルはなかった。二巻めに入っていた。2003年4月4日号で発表した文章だ。十三年も前である。内容は生島治郎さんとギャビン・ライアルの訃報に接したことから書き起こし、生島治郎さんの作品について展開していた。その文章の中では、僕は「多情多恨」を肯定的に捉えている。十三年たっても、ほとんど変わっていない。いや、高校生のとき以来、変わっていないのかもしれない。

僕は特に自分が「感じやすい人間」だとは思っていないが、無駄に感情過多であるとは自覚している。いや、どんな人も感情が豊富なのだろうが、それを外面に出すか出さないかの違いなのかもしれない。そういう意味では、僕は感情を外に出す、あるいは出し過ぎるきらいがある。「すぐ顔に出る」と言われるし、喜怒哀楽がわかりやすいとも言われる。もっとも、一番わかりやすいのは「怒」らしい。労働組合の委員長をやっていた頃には、社長からも組合員からも「瞬間湯沸かし器」と言われた。

怒った後は、恥ずかしい。冷静になると、感情を爆発させた自分が人にどのように見えたか、客観的に把握できるようになる。とたんに消えてしまいたくなる。穴があったら入りたくなる。昔、月刊誌の副編集長をやっていたとき、ある編集部員を怒鳴ったことがある。怒鳴った後、僕は恥ずかしくなって部屋を出てしまった。後から聞くと、怒鳴られた方は平気な顔で仕事を続けていたという。僕は興奮気味の自分の気持ちを鎮めるために、会社の外階段を上って屋上でしばらく時間をつぶした。その頃は、仕事の場で僕が怒ることはあまりなかったので、若いモンには珍しがられた。

●人が行動する原点には「怒り」があるのではないか

多くの物語には「怒り」が描かれる。ヒーローものでは、最後に主人公が怒りを燃え上がらせて反撃するのがパターンである。「無頼」シリーズの藤川五郎も、「昭和残侠伝」シリーズの花田秀次郎も、最後に耐えに耐えていた怒りを解き放つ。藤川五郎は黒匕首を握りしめるし、花田秀次郎はドスを片手に殴り込み「死んで貰います」と決めゼリフを口にする。シルベスター・スタローンのランボーは不機嫌に怒ってばかりいて、邦題には常に「怒り」がつけられた。「ランボー 怒りの脱出」(1985年)ではベトナムで暴れまくり、「ランボー3 怒りのアフガン」(1988年)ではアフガニスタンで破壊の限りを尽くす。冷戦時代の映画だから、敵はソ連軍だった。

様々な物語を分析してみると、人が行動する原点には「怒り」があるのではないかと思う。六〇年代のイギリスから発したムーブメントである「怒れる若者たち(アングリー・ヤングメン)」は、常に怒りを抱いた青年が主人公の戯曲「怒りを込めてふり返れ」(1958年)から名付けられたものだが、あの時代の若者たちは実によく怒っていたし、それを行動に移していた。「怒り」は行動を起こす原点であり、エネルギーなのかもしれない。どちらかというと、僕も「悔しさ」と「怒り」を原点に様々なことを克服してきた気がする。

どうでもいいことだけど、わかりやすいので以下の話を例にする。僕は五十のときには入社時に比べて二十数キロ太り、スーツもY体の5だったのがA体、AB体を越えてB体の5になっていた。ウエストは七十数センチだったのが、八十五センチを越えていた。そんなとき、あることがきっかけで痩せなければ----と思い始めた。その頃、会社の飲み会である先輩に「ダイエットしようと思ってるんですよね」と言ってしまったところ、「きみなんか、痩せられるわけないよ」と即座に断言された。自己管理のできない奴、欲望に負ける奴というニュアンスだった。

そのときに感じた悔しさから「今に見てろよ、痩せたろうじゃねぇか」と思った僕は、半年で十数キロを落とし、スーツはAB体を通り越しA5体に戻ったのだった。さらに、29インチのジーパンが履けるようになった。要するに、「悔しさ」を感じ「怒り」を燃え上がらせることで、目的を達したわけである。そういう意味では、あの先輩に感謝しなければならない。僕の性格をよく知っていたのかもしれない。十年近く経った今も、何とかリバウンドを防いでいる。それにしても、我ながら単純な性格だと思う。

●静かな怒りを燃やし穏やかに語る若きヘンリー・フォンダ

ギリシャ神話を読んでいても思うのだが、神は正当な理由もなく、理不尽に怒りを燃え立たせることがある。残虐に天罰を人間に加える。その結果、人間たちは振りまわされ、不幸な死を遂げたりする。ジョン・スタインベックの小説を映画化したジョン・フォード監督の「怒りの葡萄」(1940年)という作品がある。「怒りの葡萄」とは、神の怒りを表す言葉であるらしい。原題は「The Grapes of Wrath」で、Wrathには「激怒、憤怒、天罰」といった意味がある。しかし、なぜ「葡萄」なのか?

スタインベックは、聖書をベースに小説を書く。オクラホマの農民たちが「約束の地」をめざす物語「怒りの葡萄」は「出エジプト記」を連想させるし、主人公トム・ジュード(ヘンリー・フォンダ)を導く説教師ジム・ケイシーはイエス・キリスト(ジーザス・クライスト)と同じ頭文字を持ち、スト破りの警備員たちに撲殺される前に「おまえさんたちにゃ自分がやっていることがわかっちゃいねぇんだよ」と口にする。それは、キリストが十字架にかかる前に発した言葉(もっと格調高く言っているけど)と同じだ。

また、スタインベック後期の代表作「エデンの東」も「アベルとカインの物語」がベースになっている。映画版(1954年)は、父に疎まれ、双子の兄アロンを死(戦地)に追いやる弟キャル(ジェームス・ディーン)を中心に描いている。双子の名前が、アベルとカインから取っているのは明白だ。映画は原作の後半だけを使用したもので、原作の前半は双子の生まれる前の物語、父親のアダムと兄の物語が展開される。善良なアダムと邪悪な兄。そこへ悪魔のような少女ケイトが現れる。

聖書の中では、葡萄は特別な果物として描かれる。葡萄はワインを作り出すからだ。ワインはキリストの血とも例えられるし、葡萄そのものは豊穣の象徴でもある。「怒りの葡萄」というタイトルは、アメリカの女流詩人が南北戦争のときに謳った「怒りの葡萄の貯えられし瓶を主は踏みしぼりたまい----」から取られたということだが、そのフレーズの元は聖書の中の出来事から発想されたものだ。「暴虐に対する神の怒りの発酵」を意味しているという。

スタインベックの原作では「飢えた者の目にはつのっていく怒りがある。人々の魂には怒りの葡萄がみちみちて、重く、たわわに、収穫のときを待っている」と書かれている。巨大資本にオクラホマの農地を奪われた貧しい農民の一家は、新天地を求めてカリフォルニアにやってくる。しかし、そこで見たのは低賃金で果樹園で働かざるを得ない飢えた人々だった。生活のために彼らも果樹園で働き始めるが、トムは次第に権利に目覚め、労働条件の向上を求めてストライキに参加する。しかし、資本側は暴力的に反乱分子を排除しようとし、貧しい者の怒りが燃え上がる。

原作が出版されたのが一九三九年、三年前に出版された「風と共に去りぬ」以来のベストセラーになった。この正反対のようなふたつの小説は、なぜか大恐慌時代のアメリカ人に受け入れられたのである。映画版「風と共に去りぬ」は「怒りの葡萄」が出版された年に公開され、スカーレット・オハラを演じたインド生まれのイギリス人で新人女優だったヴィヴィアン・リーは一躍人気スターになった。一方「怒りの葡萄」(1940年)もジョン・フォード監督によって映画化され、翌年に公開になった。その作品で、ジョン・フォードはアカデミー監督賞を受賞する。西部劇で有名なジョン・フォードだが、西部劇ではアカデミー賞を取っていない。

僕はずいぶん映画を見てきたけれど、「怒りの葡萄」の最後の長い長いヘンリー・フォンダのシーンほど感銘を受けたことはない。ジム・ケイシーが撲殺され、やむを得ず人を殺した(彼は過失致死で服役し、刑務所から戻ってきた人間として登場するから二度めの殺人だ)トム・ジュードは、追われる身になって母親に会いにくる。そこで、「腹ぺこの連中が腹ぺこにならないように騒ぎがおこれば、おれはそこにいるよ」と、彼は自分の生き方の決意を口にする。

繰り返される「おれは、そこにいる」という言葉がキリストの教えのように響き始める。静かな怒りを燃やして、穏やかに語る若きヘンリー・フォンダの表情が忘れられない。澄んだ瞳が輝いている。あのヘンリー・フォンダの姿は、「怒りは静かに燃やせ」「決して感情的になるな」ということを教えてくれるのだが----。いい年をして言うことではないけれど、僕はまだまだ修行が足りない。

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