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2016年6月23日 (木)

■映画と夜と音楽と…732 ふたりの女優が死んだ


【兄貴の恋人/暗黒街の顔役/竜馬暗殺/恋人たちは濡れた】

●ひとりは七十九歳で心不全、ひとりは六十七歳で肺ガンだった

六月十四日、ふたりの女優が死んだ。ひとりは七十九歳で、心不全。ひとりは六十七歳で、肺ガンだった。ひとりは、気品のある美しい女優で「日本のグレース・ケリー」とさえ呼ばれたことがあった。その死は、多くのニュース番組で取り上げられ、主演ドラマを持つ後輩の人気女優たちがその人柄を忍んだ。四年前に死別した二枚目俳優だった夫との、おしどり夫婦ぶりを示す映像も流れた。ふたりの間にできた娘が人気歌手と結婚したときのインタビューも流れ、仲睦まじさが懐かしがられた。彼女は若いときに入浴シーンを演じているが、それはほんの少し肌を露出するだけのものだった。五〇年代にデビューした女優だ。映画の表現もつつましいものだった。

もうひとりは前張りをつけて大胆なヌードになり、扇情的なセックスシーンを演じることで、主演を勝ち取った女優だった。大手五社に数えられた映画会社が経営難に陥り、背に腹は替えられない思いで始めたポルノ映画がなければ、彼女が観客たちの記憶に残ることはなかっただろう。しかし、十八歳以上しか見ることができなかった作品で注目された彼女は、アートシアター・ギルド(ATG)で制作した黒木和雄監督作品「竜馬暗殺」で原田芳雄、石橋蓮司、松田優作というクセモノ俳優陣を相手に印象的な役を演じ、映画ファンの記憶に刻み込まれた。

ふたりの女優は、デビューに十数年の差はあったが、同じ映画会社に所属し、六〇年代末の同じ時期に同じ撮影所で同じ人気俳優の主演映画に脇役として出演していた。グレース・ケリーのような気品さえ漂わせる美人女優は、当時のアイドル女優だった内藤洋子が妹を演じる加山雄三主演の「兄貴の恋人」(1968年)の中で、主人公に好意を寄せる年上のバーのママを上品に演じた。後にポルノ女優と呼ばれることになるもうひとりの女優は、学生ではもう通用しなくなった加山雄三が新入社員を演じる「フレッシュマン若大将」(1969年)に出演しているが、どこに出ていたかさえ僕の記憶にはない。

気品あふれる女優は、白川由美といった。もうひとりは、中川梨絵という名だった。テレビドラマに多く出た白川由美は多くの人が知っているだろうが、中川梨絵の名を知る世代は限られるし、その世代でも限られた人しか知らないだろう。おそらく女性より、男性の認知度の方が高いに違いない。「兄貴の恋人」のとき、白川由美は三十二歳だった。「フレッシュマン若大将」のとき、中川梨絵は二十一歳だった。ふたりは、ちょうどひとまわりの年の差があったのだ。白川由美は七十九年の人生の時間を生き、中川梨絵はその十二年分短い人生を生きた。

メディアによる訃報の扱い方を見ても、ふたりの人生の違いは大きい。白川由美の訃報は、夕方のニュースでも数分間も流れた。八〇年代以降、テレビに活躍の場を移した彼女は、「家政婦のミタ」「ドクターX」などに出演し、そのドラマでの映像も放映されたし、二谷英明との映像も「おしどり夫婦」として放映され、主演作のほとんどなかった女優としては、破格の扱いだった。中川梨絵の訃報は、新聞の片隅にほんの数行で告知されただけだった。「日活ロマンポルノ初期の女優」と書かれていた。もちろん、どちらの人生がよかったとか、幸せだったという問題ではない。それぞれの個別の人生を比べることなど、ナンセンスだ。

人は、自分の人生を生きるしかないのだ。別の人生を望むこともあるだろうし、ありたかった人生を夢見続けることもあるだろう。しかし、人は与えられた人生、与えられた時間の中で生きるしかない。いつ死ぬかは、ほとんどの場合わかってはいないし、未来に何が起こるかは予測できない。だから、自分の人生の中で努力し続ける他に「生き方」はない。違う人生を夢見てもむなしいし、たどってきた人生に「if」は存在しない。

●残念だが白川由美主演と言える映画を見たことがない

僕の手元に竹書房から発行された「ゴジラ画報 東宝幻想映画半世紀の歩み」というムックがある。映画のスチルがふんだんに掲載されている。一九九三年十二月の奥付である。「ゴジラ」(1954年)に始まる東宝の怪獣・怪奇・SF・ファンタジー路線は、様々な傑作・名作・怪作を生んだ。それらの映画には、必ず紅一点的な役として清純タイプの女優が登場した。「ゴジラ」の場合は、古生物学の権威である山根博士の娘として登場する河内桃子である。「空の大怪獣 ラドン」(1956年)で紅一点的な役を担ったのは、デビューしたばかりの二十歳の白川由美だった。

僕が最初に見た怪獣映画は「ラドン」だった。阿蘇の噴火口から飛び立つラドンの姿しか記憶にないが、五歳の少年にそんなイメージを刻み込んだのだから印象深い映画だったのは間違いない。その映画の白川由美を僕が記憶しているわけはないのだけれど、スチルで確認する限り、すでにあの知的な美しい顔が完成している。そう、白川由美はデビュー当時の写真を見ても、最後の出演作になったドラマのワンシーンを見ても驚くほど変わっていない。知的で、若い頃から大人びて、美しい。

その後、白川由美は、「地球防衛軍」(1957年)「美女と液体人間」(1958年)「電送人間」(1960年)「妖星ゴラス」(1961年)といった一連のSF映画にも出演するが、「サラリーマン出世太閤記」(1957年)シリーズや「大当たり狸御殿」(1958年)といった東宝明朗喜劇路線でも便利に使われる。文芸作品や女性映画とは、あまり縁がなかった。同世代の司葉子、後輩の星由里子といった女優たちが主演作を撮り始めても、相変わらず脇で便利に使われていた。

その頃の作品で僕が好きなのは、岡本喜八監督の「暗黒街の顔役」(1959年)だ。鶴田浩二、宝田明、三船敏郎が出演するアクション映画である。女優陣は、白川由美、草笛光子、柳川慶子などである。白川由美は主要な役ではあるけれど、男たちの闘いを描く作品だから女優たちは添えもの的になるのは仕方がないのかもしれない。鶴田浩二が「三十年のバカ騒ぎか」と言いながら、悪玉を追ってオープンカーを吹っ飛ばすのは、確かこの映画だったと思う。

僕の印象では、東宝時代の白川由美は、どうも添えもの的なポジションから抜けきらなかった気がする。司葉子が「その場所に女ありて」(1962年)で宝田明を脇役にして堂々の主演を張ったり、他社(松竹)での仕事ながら「紀ノ川」(1966年)という女性文芸作品に主演したり、ファニーフェイスと呼ばれた団令子が女優開眼した「女体」(1964年)に出たような、いわゆる代表作には恵まれなかった。もちろん数多い彼女の出演作をすべて見ているわけではないから、断言はできないのではあるけれど----。

●中川梨絵を思い出すと浮かんでくる二本の映画がある

中川梨絵は、二本の作品で映画ファンの記憶に残り続ける存在になった。いつの間にか映画界からフェードアウトし、ほとんど姿を見ることもなくなったけれど、「竜馬暗殺」を思い出すと中川梨絵の姿が浮かんでくるし、「恋人たちは濡れた」(1973年)の全裸で馬跳びをする姿、自転車に乗ったまま海に消えていくラストシーンが鮮明に浮かんでくる。彼女の一本を挙げるとすれば、「恋人たちは濡れた」になるだろう。神代辰巳の四作目の監督作品である。

田中小実昌の小説を映画化した「かぶりつき人生」(1968年)で監督デビューした神代辰巳は、日活がロマンポルノ路線になる前から性的なものをテーマにする監督だった。「かぶりつき人生」は、ストリップのダンサーとヒモと客たちの話である。すでに四十を過ぎていた神代辰巳だったが、それまでは人気女優だった島崎雪子と結婚した助監督としての方が業界では有名だったかもしれない。その神代辰巳が作品を立て続けに作り始めるのは、ロマンポルノ路線がスタートしてからだった。

一九七一年秋にスタートしたロマンポルノは、初期の過激な作品が猥褻だとして警視庁に挙げられた結果、世の中の話題を集めた。田中真理、白川和子、片桐夕子などが初期の女優たちだった。翌年、神代辰巳の活躍が始まる。その年だけで「濡れた唇」「一条さゆり 濡れた欲情」を監督し、「白い指の戯れ」の脚本を書いた。「白い指の戯れ」はスリの物語で、主人公を荒木一郎が演じアンニュイな雰囲気を漂わせた。ほっぺたの膨れた伊佐山ひろ子がデビューし、鮮烈な印象を残した。監督デビューした村川透は、後に松田優作と組んで「遊技シリーズ」などで人気を博した。

神代辰巳の活躍は続いた。一九七三年には「恋人たちは濡れた」に始まり、四本の作品を監督した。一九七四年は東宝で撮った萩原健一主演の「青春の蹉跌」を含め六本も監督している。さらに、テレビシリーズ「傷だらけの天使」の演出も担当した。もっとも、池部良と荒砂ゆきがゲスト出演した神代監督のエピソードはセックス描写が当時のテレビとしては過激すぎて、再放送では放映されることがなかった。深作欣二が演出し室田日出男と中山麻里がゲスト出演したエピソードが、ストリッパーを演じた中山麻里はほとんど裸だったにもかかわらず、再放送でも問題なく放映されているというのに----。

その初期の神代作品で若者たちの共感を呼んだのが、「恋人たちは濡れた」だった。その評判を聞き、名画座に追いかけて「恋人たちは濡れた」を僕が見たのは、大学三年の冬のことだった。主人公の若者は、海の近くの町に流れ着く。港には漁船が係留されている。その町の映画館に職を得る。場末の映画館といった、わびしいたたずまいだ。自転車にフィルムを積んで運んだり、映写の手伝いをしたりする。町で会った男たちに「久しぶりだな。帰ってきたのか」と声をかけられるが、青年は何のことかわからないという顔をする。このあたり、観念的で不条理な雰囲気である。

しかし、「恋人たちは濡れた」のストーリーを語っても、実は意味がない。これは、感じる映画だし、それは時代の空気と共に見るべき映画だった。だから、今の僕が見て、あのときと同じように受け取ることはないだろう。フラフラと何をしたいのかわからない主人公の姿が描かれ、シラケていた時代を反映する。歌謡曲を口ずさみながら自転車でぐるぐるまわっているだけの映像が続くし、三人の男女が馬跳びを延々と繰り返したりする。全裸で馬跳びをやっているのが、異常とは思えなくなる。心の中の間隙を自覚し、不安と焦燥を抱えていた二十二歳の僕だったから、そんな登場人物の倦怠に鋭く反応した。

昨年、ある名画座で「恋人たちは濡れた」の上映に際して、中川梨絵のトークショーが開催されたという。そのときのトークの内容をネットで知って、僕は安堵感を抱いた。そこには、自身の女優としてのキャリアに誇りを持つ六十六歳の女性がいた。神代辰巳監督についてや、自身が出た十本のロマンポルノ作品について懐かしそうに語っていた。加藤彰や田中登という懐かしい監督の名前も出てきた。藤田敏八監督を含め、彼女の日活時代は監督に恵まれていた。四十年前を、そのように懐かしめるのは幸せな人生だと思う。

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