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2016年6月30日 (木)

■映画と夜と音楽と…733 五十年後のセクシー女優


【刑事/家族の灯り/熊座の淡き星影】

●三船敏郎が「御意」の代わりに「グラッチェ」と言った

ピエトロ・ジェルミ監督主演のイタリア映画「刑事」(1959年)を見ていたら、やたらに「グラッチェ」と言うのに今更のように気付いた。買い物していて「グラッチェ」、道を歩いているときも「グラッチェ」である。「はい」と答えるべきシチュエーションだろうと思うときも「グラッチェ」だった。それは、どんなときでも使える便利な言葉のようだ。日本語では「ありがとう」の意味だと思っていたが、どちらかと言えば「どうも」に近いのではないか。

村上春樹さんのエッセイ集「遠い太鼓」だと記憶しているが、ローマで暮らしている頃、テレビで黒澤明監督の「隠し砦の三悪人」(1958年)をイタリア語の吹き替えで放映していたという。護衛している姫に向かって三船敏郎が「御意」と答えたとき、イタリア語では「グラッチェ」と吹き替えていたという話を読んで笑った。「御意」を現代の日本語に置き換えると、「おおせのままに(おっしゃるとおりに)」という感じだろうか。イタリア語の「グラッチェ」とは、少しニュアンスが違うと思っていた。

しかし、「刑事」での「グラッチェ」の多彩な使用法を聞いていたら、「グラッチェ」がやはり一番適しているとイタリアの翻訳者は考えたのだろうと思った。もっとも、「御意」を英語で「サンキュー・サー」と訳したら、違和感を感じるだろう。そう思ったのだが、「イエス・サー、サンキュー・サー」と答える新兵の声が突然に頭の中に浮かんできて、それでもいいのかなという気がしてきた。

新兵たちが「イエス・サー、サンキュー・サー」と直立不動で声をそろえて答えるのは、スタンリー・キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」(1987年)だった。ベトナム戦争たけなわの頃、徴兵された青年たちは教官に徹底的に鍛えられる。いや、しごかれるといった方が適切か。彼らは人間扱いされない。教官の口から出るのは、卑語と罵倒だけだ。それでも、彼らは「イエス・サー、サンキュー・サー」と答え続ける。反論は許されない。パワー・ハラスメントそのものである。

最近、上司による罵倒などのパワー・ハラスメントで自殺したとして訴えられたという記事をよく見かける。セクシャル・ハラスメントが「セクハラ」として定着した現在、僕がいた職場でも女性に対する物言いには気を使うようになっていたが、それは出版社だったからかもしれない。未だに前近代的な職場は存在するらしい。僕がいた出版社はパワー・ハラスメントにも気をつけていたのか、部下を怒鳴ったりする人は(僕を除いて)いなかった。仕事の指示、ミスの指摘など、上司がやけに部下に気遣いしていた気もする。

アメリカ人は上官に罵倒されても「イエス・サー、サンキュー・サー」と言うのなら、上司に怒鳴られても同じように答えるのだろうか。イタリア人は「グラッチェ」なのだろうか。日本人は、やはり「どうも----」かもしれない。「どうも」は実に曖昧だが、便利な言葉だ。お葬式にいって「このたびはどうも----」と語尾を曖昧にするとあいさつになる。「ニッポン無責任時代」(1962年)の植木等のように「いやー、どうもどうも」と言えば笑ってごまかせるし、お祝いにも使える。何かやってもらったときに「どうも」と言えばお礼の言葉にもなる。

●五十五年のキャリアを持つイタリアのセクシー女優

久しぶりに「刑事」を見たのは、クラウディア・カルディナーレの若い頃を確認したかったからだ。「刑事」のラストシーンで、クラウディア・カルディナーレは日本の観客の心をつかんだ。そのシーンに流れる「アモーレ、アモーレ、アモレ・ミーオ」とアリダ・ケッリ(作曲したカルロ・ルスティケリの娘)が唄う主題歌「死ぬほど愛して」も大ヒットした。「アモーレ」は、最近、サッカーの人気選手が「恋人のことです」と口にして以来、話題になっているイタリア語のようだが、「刑事」の場合は「愛して、愛して、私を愛して」と訳すべきだろう。

「刑事」が大ヒットして、クラウディア・カルディナーレはマリリン・モンローが「MM」と呼ばれるのと同じように、「CC」と呼ばれるようになった。当時、「BB」と呼ばれたフランスの若手人気女優ブリジット・バルドーもいたのだが、こちらはフランス語読みで「べべ」と発音し、「赤ちゃん」の意味である。どちらにしろ、マリリン・モンロー、ブリジット・バルドーと並んで、クラウディア・カルディナーレもセクシー女優として認知された証が「CC」の名称だったのだ。

ところで、クラウディア・カルディナーレの若い頃を確認したくなったのは、ポルトガルのマノエル・ド・オリヴェイラ監督の「家族の灯り」(2012年)を見たからだった。オリヴェイラ監督は、この映画の制作時は一〇三歳である。現役監督の最長老記録を塗り替え続けていた。「家族の灯り」はオリヴェイラ監督らしい画面作りで、ワンシーンワンシーンがまるで西洋絵画のようだった。冒頭、港町の街灯に火を点けてまわる男の登場から、不思議な世界に引き込まれる。

ガス灯に火が点けられていくのを、部屋の窓から見ている女性がいる。そこから物語が始まるのだが、最初はその家の人間関係がよくわからない。オリヴェイラ作品は説明的ではないので、初めて見る人は戸惑うかもしれない。ただし、深みのある映像とゆったりと物語られるリズムに身を任せれば、オリヴェイラ監督の世界になじめるだろう。「家族の灯り」はポルトガルの作家が書いた戯曲が原作になっているらしい。

その老主人公の妻を演じていたのが、当時、七十四歳になるクラウディア・カルディナーレだった。二十歳くらいから映画に出ているから、その頃でキャリアはすでに五十年を越えていた。その後も「ローマ発、しあわせ行き」(2015年)に出ているので、五十五年の女優としてのキャリアである。「家族の灯り」にはフランスの大女優ジャンヌ・モロー(当時八十八歳、キャリア六十四年)も出ているので、ふたり合わせると(何の意味もないけれど)女優歴は百二十年近くになる。

そのふたりの女優も、一〇三歳のオリヴェイラ監督から見れば、娘の世代である。監督と女優ふたりの年齢を合計すると(何の意味もないけれど)二六一歳になる。それだけでも「何だかスゴいなあ」という感慨が湧いてくる。ジャンヌ・モローは一九二八年生まれ。日本だと昭和三年である。クラウディア・カルディナーレは一九三八年生まれだから、日本の昭和十三年になり、日華事変が始まった翌年になる。日本で彼女に匹敵するキャリアを持つ映画女優(かつてはセクシー系の女優)は思いつかない。

●ギリシャ悲劇を下敷きにした美しい姉と弟の物語

クラウディア・カルディナーレはイタリア出身で、フランス映画にも多く出たし、ハリウッドにも呼ばれて何本も出演しているが、ハリウッド映画ではお色気担当みたいな役ばかりだった。当時の(今でも?)アメリカ男はグラマーなセクシー女優は、頭が空っぽだと思っていたに違いない。バスト一メートルを超えていたジェーン・マンスフィールドはIQが相当に高かったが、間抜けな巨乳美人の役ばかりやらされた。クラウディア・カルディナーレもクルーゾー警部で有名になった「ピンクの豹」(1963年)、四人のプロが集まる西部劇「プロフェッショナル」(1966年)などで肌の露出の多い役ばかり演じた。

しかし、それらの映画の間に彼女はイタリアに戻り、重要な作品を数多く残している。ルキノ・ヴィスコンティ監督と組んだのは、「山猫」(1963年)と「熊座の淡き星影」(1965年)である。また、ジョージ・チャキリスと共演した代表作「ブーベの恋人」(1963年)があり、フェデリコ・フェリーニ監督の「81/2」では、主人公の映画監督グイド(フェリーニ自身と思えばいい)が崇める女優として彼女自身のような役を演じている。すべて、彼女が二十代のときの作品だ。

「山猫」「ブーベの恋人」「81/2」はヒットしたし、映画史的にも定着していて名作として残っているが、ビスコンティ作品の中でもあまり語られることがない「熊座の淡き星影」は、モノクロームの(特に夜の)映像が美しく僕の記憶に鮮明に残っている作品だ。もっとも、物語の方はギリシャ悲劇「エレクトラ」を下敷きにしたものという記憶しかない。美しい姉と強い精神的な結びつきを持つ弟の悲劇だった。ギリシャ悲劇の多くがそうであるように、近親相姦がテーマのひとつになっている。

その物語を現代に移しているのだが、ビスコンティ作品ならではの格調の高さが魅力的だ。古いイタリヤの屋敷。広々とした夜の庭での姉と弟の会話。現代劇でありながら、普遍的で神話的な作品になった。この作品で最も重要なのは、姉を演じるクラウディア・カルディナーレの美しさだ。このとき、彼女は二十代半ば。その美しさの絶頂にあった。女優としても世界的に認められ、演技も評価されている。その自信が、ヒロインのサンドラをオーラのように包み込む。美しく輝かせる。弟の目には、女神のように映る。

母と再婚相手の義父が、かつて密告して父を逮捕させたのではないか、というハムレット的な疑惑も全編を覆うミステリアスな雰囲気を醸し出す。セリフも抽象的で、ときに観念的であり、僕は若い頃に見たので、すっかりまいってしまった。当時、若者たちは難解であることを最も評価したし、僕も例外ではなかった。ただ、二十年以上経って見たときも、その難解さと抽象性にぞくぞくするような魅力を感じたので、やはりビスコンティの難解さは本物だと思ったものだった。本音では、美しさの頂点にあったクラウディア・カルディナーレを見たかっただけかもしれないのだけれど----。

しかし、ММことマリリン・モンローが早くに謎の死を遂げ、BBことブリジット・バルドーが四十代で事実上引退してしまった今、CCことクラウディア・カルディナーレだけが現役を続けている。前述のように二十代での代表作はたくさんあるし、三十代では「ラ・スクムーン」(1972年)や「家族の肖像」(1974年)があり、四十代には「フィツカラルド」(1982年)があり、そして、七十代で「家族の灯り」がある。こうなれば、オリヴェイラ監督にならって、現役女優の最高齢記録を期待したいものだ。

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