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2016年8月11日 (木)

■映画で振り返る昭和の日本----未亡人の時代/前編


お盆時期は「映画と夜と音楽と...」を休みます。以下はセミナー「映画で振り返る昭和の日本」の講義ノートです。1回が長いため、前後編にわけました。なお、内容は高松市在住の受講生を想定していることをご了承ください。

■女性映画の巨匠----------------------------------未亡人の時代・前編

未亡人という言葉は、「夫が死んだときに一緒に死ぬべきだったのに、未だに死んでいない人」という意味なので、現在、あまり使われなくなっている言葉ですが、今回は昭和の古い時代を検証するために「未亡人の時代」と題して、女性映画の巨匠と言われる成瀬巳喜男監督作品を中心にお話したいと思います。

戦後の成瀬作品は、未亡人を主人公や脇役に設定することが多くなりました。女性映画の成瀬と言われますが、内容は「自立する女性」「女ひとりで生きていく女性」を多く描いた監督です。本日、メインで取り上げようと思っている「おかあさん」では田中絹代は途中から未亡人になりますが、妹の中北千枝子は大陸からの引き揚げ者で戦争未亡人です。

時代的には戦争未亡人が多くいた時代ですから、そうした人物が頻繁に登場します。昭和28年(1953年)公開の「妻」という作品にも、主人公の上原謙が心惹かれる女性は戦争未亡人です。「川端康成の時代」の時に取り上げた「山の音」でも、主人公の息子の上原謙の愛人は戦争未亡人でした。ふたりの戦争未亡人が助け合うように一緒に住んでいます。ひとりは洋裁で身を立て、ひとりは子供たちに勉強を教えて生計を立てています。

そんな風に成瀬監督は、ひとりで生きていく女性を描きました。時代のせいか、未亡人の設定が多い。昭和26年の「銀座化粧」の田中絹代はバーのママとして生きている。成瀬作品で最も多く主演した高峰秀子は、昭和35年「女が階段を上がる時」では銀座のバーのママ、昭和37年「女の座」では雑貨屋の長男の未亡人、昭和38年「女の歴史」では美容院を経営する戦争未亡人、昭和39年「乱れる」は食料品店の長男の未亡人、というように夫を亡くした女性を演じます。成瀬映画で、一本だけ主演した淡島千景も司葉子も夫と死別した女性でした。

今回は、昭和27年6月12日公開の「おかあさん」と昭和33年、1958年9月2日に公開になった淡島千景主演の「鰯雲」の二本を見ながら、昭和の日本を振り返りたいと思います。

「おかあさん」が公開された昭和27年6月は、日本が講和条約を結んで、独立したばかりのころでした。その年の4月28日に占領が終わったわけです。6年8ヶ月におよぶ占領時代でした。その日までGHQの許可なく国旗を揚げることはできなかったのですが、その日は堂々と各省庁に国旗が掲揚されました。恩赦もあり、全国の受刑者3600人が出所しました。ただし、今に続く問題ですが、多くの基地が残され、日米地位協定に様々な条件がついたこともあり、多くの国民は「形式だけの独立」と失望したと言います。

一方、沖縄は「合衆国を唯一の施政権者とする信託統治下」におかれたままです。「国際社会に復帰した祖国日本の慶事を、われわれ琉球人民は無量の感慨をこめて祝福したい。それにしても取り残された嘆息が深く、もがいたところでどうにもならぬあきらめが、われわれの胸を締め付ける」と、当時の「沖縄タイムズ」は書きました。今に続く沖縄の思いですね。

その三日後、昭和27年5月1日は「血のメーデー」事件が起こります。吉田内閣は、皇居前広場を中央メーデーの会場にすることを禁止しますが、メーデー主催者の総評は不許可は憲法違反として地裁に取り消しを求める訴訟を起こします。東京地裁は4月28日、総評の主張を認める判決を下しました。国は控訴し、やむを得ず明治神宮外苑広場を使ってメーデーが開催されますが、デモの後、学生などが警官隊をおしきって皇居前広場に入ります。それを阻止しようと警官隊は催涙弾や拳銃を発射し、デモ隊に死者2名、負傷者約1500名が出る惨事になりました。

この頃、ラジオドラマ「リンゴ園の少女」が美空ひばり主演で放送され、その挿入歌「リンゴ追分」がヒットしました。5月にレコードが発売され、またたく間に70万枚が売れたと言います。その頃になると、レコードを買う余裕も一般的に出てきたのでしょう。戦争から七年、朝鮮戦争で景気はよくなっていました。ただ、まだまだ戦争の傷跡は残っています。「おかあさん」公開の同じ日に、戦後、インドネシア独立戦争に参加した残留元日本兵・軍属20人がスマトラから帰国しています。

「おかあさん」という映画は、森永製菓が全国に「おかあさんをテーマにした綴り方」を募集し、そこで選ばれた作品を元に水木洋子が脚本を書いたものです。ですから、長女役の香川京子の作文を読み上げるようなナレーションで、一家が紹介されるシーンから映画は始まります。力持ちのお父さん、働き者のお母さん、胸を患っているお兄さん、おしゃれ好きでかわいい妹、そして、美容師になるために勉強中の叔母から預かっている従兄弟が紹介されます。一家は戦前はクリーニング屋を営んでいましたが、戦災で焼け出され、今は店を再開するためにがんばっていることが説明されます。

おかあさんは露天で駄菓子を売っている。となりの露天では沢村貞子がマッチなどの実用品を並べている。長女の香川京子は屋台で今川焼きを売っている。同級生たちが洋裁学校に通う途中に声をかけていく。この当時、洋裁はブームでした。洋裁学校は戦後、ものすごい勢いで増えました。その香川京子の屋台の床几では近くの平井ベーカリーの息子、岡田英次が本を読んでいる。今川焼きの旗がアイスキャンデーに変わり、季節が変わったことを知らせます。家では父親がクリーニング店の開店の準備をしている。そこへ療養所から長男が逃げたと電報がくる。母親が恋しくて逃げ帰ったのです。

その後、一家は不幸が続きます。長男が死に、クリーニング店を開いたものの無理がたたって父親も死んでしまいます。ただ、あっさりと描かれるので、そういうこともある。人生ってそういうものだという感じがします。いいこともあれば、不幸なこともある。田中絹代の母親は、そんな風に淡々と物事を受け入れ、子供たちを育てるために懸命に働きます。やさしい母親像が胸にしみます。

街の風景が写ります。成瀬監督はちんどん屋が好きなのか、多くの作品に登場させていますが、ここでも商店街を練り歩くちんどん屋が出てきます。子供たちがついて歩きます。しかし、この時代ですから、道は舗装されていません。土埃がたちます。雨が降れば、そこここに水たまりができます。

また、夏祭りの様子も子細に描かれます。演芸大会があり、香川京子と妹も出場します。香川京子が「花嫁人形」を歌い、妹が踊ります。ふたりとも浴衣姿です。岡田英次も参加します。彼は翻訳小説を読んだり、流行の英語を使ったりのハイカラ好みですから、歌うのは「オー・ソレ・ミオ」です。それを聴いていた両親は恥ずかしそうに会場を去ります。この大会の特等はサンヨーラジオです。ラジオが高価だった時代です。

成瀬映画は、当時の庶民の生活を知るには絶好の資料になります。物価もわかるし、こまかな生活の知恵もあります。田中絹代が子供を夏みかんを買いにやりますが、「果物屋じゃなく八百屋で買うんだよ。値段が違うからね」と指示を与えたりします。

クリーニング屋を再開し、弟弟子の加東大介がやってきます。「ハバロフスクで捕虜をやっていたので、私たちは捕虜のおじさんと呼ぶことにしました」と香川京子のナレーション。ついこの間まで戦争があったのだと身に迫って感じます。戦争はいろんなところに影を落とします。父親の通夜に手伝いにきていた沢村貞子、中北千枝子、岡田英次の母親の三人が、戦死した身内の話をします。

中北の夫は戦死、沢村貞子の夫は勤め先の銀行の宿直室で空襲で焼け死に、パン屋の長男は戦死の通知だけしかこなかった。この後、パン屋の母親が未だに長男が生きているんじゃないかと希望をもっているエピソードが描かれます。みんな、戦争を生き延びて、何とか暮らしている。そういう時代でした。

懐かしいのは、夕方になると豆腐屋のピープーという音が聞こえてきたり、夜遅くなったことを示すのに夜泣きそばが出てくるのも、この時代の映画です。この時代の観客は、夜泣きそばのチャルメラが聞こえてくるだけで、夜の何時頃かがわかったのです。夜食用ですから、夕食からけっこう時間たっています。9時とか10時くらいでしょうか。

父親が死んだ後、加東大介の手伝いを得て、田中絹代はクリーニング店を続けますが、女手ひとつで苦労します。次女は望まれて叔父の養子になります。また、預かっていた甥も、妹の中北千枝子が美容師の試験に受かり、近々、引き取ることになりそうです。加東大介も自分の店を開くために去っていき、新しい小僧と香川京子と三人になることを暗示して映画は終わります。

この映画は私が生まれてすぐの頃の公開ですが、見ているととても懐かしい。街の風景や祭りなどの様子はもちろん、母親が乗り物に乗り付けないので、酔い止めのために貼るつもりでいた梅干しを子供が食べてしまう話など、そうだったよなあ、という感じです。貧しい暮らしを描いていますが、笑えるエピソードやギャグが散りばめられていて、見終わってとてもさわやかな感じがします。

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