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2016年12月 8日 (木)

■映画と夜と音楽と…754 六〇年代のスパイたち


【コードネームU.N.C.L.E./0011ナポレオン・ソロ/荒野の七人/大脱走/狼の挽歌】

●五十年ぶりにリメイクされた「0011 ナポレオン・ソロ」

ガイ・リッチー監督の「コードネームU.N.C.L.E.」(2015年)をおもしろく見た。六〇年代のスパイ映画の雰囲気を再現していて、懐かしさを感じてしまう。ストーリーも、いかにも六〇年代風だった。冒頭、ベルリンのチャーリー検問所を抜けて東ベルリン側へ潜入するナポレオン・ソロの描写も、スタイリッシュな映像とキレのよいカットつなぎでワクワクさせる。ソ連のスパイのイリヤ・クリヤキンの登場で、さらに期待感が盛り上がる。イリヤ・クリヤキンの追跡は執拗で、「ターミネーター2」の液体金属ターミネーターを連想させた。

CIAのナポレオン・ソロとKGBのイリヤ・クリヤキンをどうコンビにするのかと思っていたら、ナチの残党を悪役に設定し、ナチと手を結ぶ富豪のファシストが核弾頭を開発するのを防ぐのが米ソ両国の共通利益になるため、一時的に手を結ぶことになる。ナポレオン・ソロとイリヤ・クリヤキンは、それぞれ相手を出し抜けという指令を受けながら協力する形になる。そこに、イギリス情報部MI6などもからんできて、六〇年代スパイ映画の要素がほとんど入っていた。ただ、ナポレオン・ソロを演じたヘンリー・カヴィル(「マン・オブ・スティール」主演)がクラーク・ケントに見えて仕方がなかった。

「0011ナポレオン・ソロ」シリーズがテレビ放映されていたのは、僕が中学生の頃だった。東京オリンピックがあった一九六四年に始まり、四年後に終了した。その間、映画版が八本公開されている。僕は中学への通学途中で見た映画のポスターをよく憶えているのだが、あれは第一作「0011ナポレオン・ソロ/罠を張れ」(1964年)だったのだろうか。ひび割れた鏡に、ソロの姿が何人も映っているシーンが配置されていた。二作目の「消された顔」(1965年)だったような気がする。当時、早川ポケットミステリではスパイものがやたらに翻訳されていたけれど、「ナポレオン・ソロ」シリーズも原作なのかノベライゼーションなのかはわからないが何冊も出版された。

ちなみに、当時のポケミスのカタログを調べてみると、マイクル・アヴァロン作「ナポレオン・ソロ/アンクルから来た男」が第一弾だった。919番で、ひとつ前の918番はドナルド・ハミルトン作「待伏部隊」である。これは、マット・ヘルムのシリーズ第六弾だった。部隊シリーズは、ディーン・マーチン主演で映画化されている。927番が記念すべきリチャード・スタークの第一作「悪党パーカー/人狩り」である。933番では「電撃フリント」が出ている。こちらはジェームス・コバーン主演で映画化された。「ナポレオン・ソロ」シリーズは短期間で発行され、976番「ソロ対吸血鬼」は「調査に赴いたソロとクリヤキンを恐怖のどん底に叩き込むシリーズ第八弾」と書かれている。

カタログを見て思い出したのだが、「エイプリル・ダンサー・シリーズ」というのもあった。「アンクルきっての女情報部員シリーズ」であり、その第一弾として「アンクルから来た女」(マイクル・アヴァロン作)が980番で出ていた。ただし、あまり売れなかったのか、シリーズ第二弾「燃える女」以後は出ていないようだ。もっとも、同時期にギャビン・ライアルの「最も危険なゲーム」「深夜プラス1」「本番台本」が立て続けに翻訳されているし、1007番ではディック・フランシス「興奮」が「競馬スリラー・シリーズ」と銘打って翻訳された。これが、ディック・フランシスの本邦初登場だったと記憶している。半世紀前のことだった。

●「荒野の七人」の最後のガンマンもこの世を去った

先日、ロバート・ヴォーンの死亡記事が新聞に出た。「ロバート・ヴォーン=ナポレオン・ソロ」である。彼は、ガイ・リッチー監督の「コードネームU.N.C.L.E.」は見たのだろうかと気になった。死因は急性白血病だというから、映画公開時には健康だったのではないだろうか。八十四歳だった。「ナポレオン・ソロ」に出ていた頃、政治的野心のある俳優だと言われていた。だからスティーブ・マックィーン主演「ブリット」(1968年)で上院議員の役をやったのだと、まことしやかに言われた。「タワーリング・インフェルノ」(1974年)や「復活の日」(1980年)でも上院議員の役をやっているから政治は嫌いではなかったのかもしれないが、政界に進出したとは聞いていない。

ロバート・ヴォーンを初めて見たのは、「荒野の七人」(1960年)だった。ほとんどセリフのない寡黙なガンマン役である。ユル・ブリンナー以下、七人のガンマンを演じたほとんどすべての俳優が後に主演を果たした。公開当時、すでに主演作があったのはユル・ブリンナーを別にすれば、スティーブ・マックィーンとホルスト・ブッフホルツだった。スティーブ・マックィーンはマイナーな映画に主演し、テレビシリーズ「拳銃無宿」で人気が出ていた。ホルスト・ブッフホルツは、「わが青春のマリアンヌ」(1955年)で注目されたドイツ出身の俳優である。

ナイフの名人役のジェームス・コバーン、「七人の侍」で薪割りをやっている千秋実のエピソードをそのままに演じたチャールズ・ブロンソン、それにロバート・ヴォーンは、この映画の後に主演俳優になった。もうひとりのブラッド・デクスターは、五〇年代から八〇年代までハリウッド映画の脇役として出演しているが、特に強く印象に残る作品はない。ペギー・リーの元夫らしいけれど、詳しくは知らない。もしかしたら、「荒野の七人」出演者の中で最も長生きし、長く活躍したのは山賊の頭領を演じたイーライ・ウォラックなのではあるまいか。亡くなったのは二〇一四年で、あと半年生きていれば白寿(九十九歳)を迎えることになった。僕は「ゴッドファーザーPARTIII」(1990年)のウォラックが忘れられない。

「荒野の七人」の七人のガンマンは、ロバート・ヴォーンを最後に全員が鬼籍に入った。映画が公開されて五十六年になる。ロバート・ヴォーンもスティーブ・マックィーンもチャールズ・ブロンソンもジェームス・コバーンも、みんな若かったのだなあと今更ながら感慨に耽る。マックィーンは「大脱走」(1963年)でブレイクし、大スターになった。低迷していたチャールズ・ブロンソンはヨーロッパに出稼ぎにいき、口ひげを生やした「さらば友よ」(1968年)でブレイクし、フランスとイタリアで活躍した後にハリウッドに凱旋した。ジェームス・コバーンは「電撃フリント」シリーズで主演し、その後、サム・ペキンパー作品などで主演。晩年まで渋い脇役として活躍した。

そして、ロバート・ヴォーンと言えば、やはり「ナポレオン・ソロ」シリーズである。イアン・フレミングが作り出した「007」こと「ジェイムズ・ボンド」シリーズが映画化されて大人気になり、雨後の筍のように後から後から様々な秘密情報部員たちがデビューしたあの時代、「0011ナポレオン・ソロ」は他のスパイたちとはやはり違っていた。毎週、テレビで活躍していたこともあるだろうが、映画版だって八本も作られたのだ。「0011」を使うに当たっては、イアン・フレミングの了解をとったということだったが、映画版五作めの「ナポレオン・ソロ対シカゴ・ギャング」の原作はイアン・フレミングであり、シリーズ中、最も出来がよいと言われている。

●イリヤ・クリヤキンことデビッド・マッカラムは現役の俳優だ

「0011ナポレオン・ソロ」シリーズの魅力は、相棒イリヤ・クリヤキン(デビッド・マッカラム)とチーフのウェーバリー(レオ・G・キャロル)とのチームワークにあった。特に、イリヤ・クリヤキンは子供たちに人気があった。僕も好きだったし、級友たちもクリヤキン派だった。たぶん、女と見るとデレデレし、モテモテのナポレオン・ソロは子供たちにとってはイヤラシゲーな大人に見えたのだ。真面目で、女性に対して純情なイリヤ・クリヤキンに自然と好感を持ったのだろう。ガイ・リッチー作品でも、ふたりの女性に対する対応の違いは明確に描かれていた。

「荒野の七人」のうち、スティーブ・マックィーン、ジェームス・コバーン、チャールズ・ブロンソンが「大脱走」にも出演しているけれど、デビッド・マッカラムを僕が初めて見たのも「大脱走」だった。スコットランド生まれのデビッド・マッカラムはイギリス人捕虜の役で、脱走を指揮するリチャード・アッテンボローの副官の役で活躍する。列車のホームで正体がばれ、射殺されるシーンでは僕は思わず眼を閉じた。フランクなアメリカ兵と違って、堅物で上官に絶対服従のイギリス将校役が似合っていた。真面目なキャラクターという印象が定着したのだ。

先日、WOWOWで四十六年ぶりに「狼の挽歌」(1970年)を見た。チャールズ・ブロンソン演じる殺し屋が自分を裏切った女(ジル・アイアランド)を、高層ビルの外壁を昇る透明なエレベーターの中で狙撃するラストシーンが有名になった映画だ。チャールズ・ブロンソンとジル・アイアランドは実生活では夫婦だった。その映画が公開される数年前、高校のクラスメイトに「イリヤ・クリヤキンことデビッド・マッカラムとチャールズ・ブロンソンは友だちだったけれど、マッカラムの奥さんだったジル・アイアランドを横恋慕したブロンソンが奪ったのだ」と教えられた。

以来、友だちの奥さんを奪った男という目でブロンソンを見ていた僕は、ジル・アイアランドとの共演作「狼の挽歌」(ベッドシーンまであるのだ)を見ても「いい気なもんだ」としか思えなかった。しかし、その後の長い長い人生の経験の中で、友だちの奥さんを好きになるという状況は大変一般的であり、妻の不倫相手が夫の友人というのは統計上トップになるかもしれないほど普通のことだと学んだ僕は、プロンソンへの偏見を棄て、同時にマッカラムへの同情も棄てた。そのマッカラムは、ブロンソンよりずっと長生きし、今もテレビドラマ「NCISシリーズ」に検死官役でレギュラー出演している。八十三歳の現役俳優である。彼は、ロバート・ヴォーンの葬儀に出席しただろうか。

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