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2017年2月 2日 (木)

■映画と夜と音楽と…758 若き写真家が撮った永遠のスター


【ディーン、君がいた瞬間(とき)/エデンの東/理由なき反抗/ジャイアンツ】

●入場料を払って見にいっていた海外の写真家の展覧会

もう三十年近く前のことになるだろうか。写真家のデニス・ストックがジェームス・ディーンを撮った写真展を日本橋のデパートで見たことがある。ニューヨークの街角でロングコートを着てたばこを吸うジェームス・ディーン、故郷の農場で作業服でたたずむジェームス・ディーンなど、映画では見せない表情が新鮮だった。特にメガネをかけた姿が珍しく、自然な日常が写っている印象を受けた。そのとき、図録を買って帰り、ときどき見返していたが、数年前に写真集関係は処分してしまった。

僕は四十年の出版社勤務で三十年を編集者として過ごし、十年を管理部門で働いた。三十年の編集者生活のうち半分の十五年ほどは、カメラ雑誌の編集部だった。アマチュア向けのカメラ誌に合計で十数年、広告写真の専門誌に三年ほど在籍した。そんな関係から写真集や写真関係の書籍がかなりたまったのだ。写真集は購入したものもあるし、贈呈されたものも多かった。写真展にいくと必ず図録を購入したから、いつの間にか本棚ひとつが写真関係の書籍ばかりになった。

メーカー・ギャラリーは新宿や銀座にいくつもあり、週替わりで写真展が開かれている。それをすべて見るのは無理だったが、機会があれば見るようにしていた。入場料を払って見にいっていたのは、海外の写真家の展覧会だった。ロバート・キャパ、アンリ=カルチェ・ブレッソン、ロベール・ドアノー、アーヴィング・ペン、ダイアン・アーバス、エリオット・アーウィット、ヘルムート・ニュートン、サラ・ムーン、ロバート・フランクなどなど、である。そんな写真展では、必ず図録を買っていた。

デニス・ストックのジェームス・ディーン写真展もその流れで見にいったのだけれど、見にきている人たちがいつもの写真展とは違っていた。ジェームス・ディーンのファンらしき人々なのである。ジェームス・ディーンの映画が日本で公開されたとき、すでに彼は事故死していたこともあり、すでに伝説になっていた。一九五六年、僕はまだ五歳になっていない。ジェームス・ディーンに夢中になったのは、僕よりひとまわり上の年代の女性たちであり、「理由なき反抗」(1955年)のジミー(赤いブルゾンにブルージーンズ)に憧れた少年たちである。その写真展当時、彼らは五十代になっていた。

ジェームス・ディーンは一九三一年二月八日に生まれ、一九五五年九月三十日に二十四歳で亡くなった。「エデンの東」(1954年)「理由なき反抗」「ジャイアンツ」(1956年)の三本の主演作を遺した。事故死したのは「ジャイアンツ」の撮影が終了した直後のことだった。主演デビュー作「エデンの東」ではアカデミー賞候補になっている。若干二十三歳だった。僕はダクラス・サークの作品で、ワンシーンだけ出てきた端役のジェームス・ディーンを見たことがある。「僕の彼女はどこ?」(1952年)かもしれない。

●ニコラス・レイ監督のパーティに参加する若きデニス・ストック

カメラマンが主人公の映画はいくつか挙げられるが、実在の写真家を主人公にした作品はあまり思いつかない。最近では「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」(2007年)があるが、あれはアニー・リーボヴィッツ自身を撮ったドキュメンタリーだった。ニコール・キッドマンがダイアン・アーバスを演じた「毛皮のエロス/ダイアン・アーバス幻想のポートレイト」(2006年)なんて映画もあったけれど、「何だかな?」という感じである。若きデニス・ストックと「エデンの東」公開前のジェームス・ディーンを描いた「ディーン、君がいた瞬間(とき)」(2015年)は、短期間のふたりの交流を事実を基に描いており、僕は面白く見た。

一九五四年の暮れ、ニコラス・レイ監督のパーティにフラッシュを付けたカメラを首から提げて参加する若きデニス・ストックから映画は始まった。ニコラス・レイ監督に会ったデニスは、「この前の作品でスチールを担当したデニス・ストックです」と言う。スチールカメラマンのことなど覚えていない映画監督は「楽しんでいってくれ」と答え、横にいたナタリー・ウッドを紹介する。彼女はニコラス・レイ監督の次回作「理由なき反抗」のヒロイン役が決まっている。今は主演俳優の候補を選んでいるところだという。

パーティになじめず、ひとりでプールサイドに出たデニス・ストックは、そこで若い俳優のジェームス・ディーンと出会う。ジェームス・ディーンは「エデンの東」の試写会にデニス・ストックを誘い、試写を見たデニスはジェームス・ディーンが主演であることに驚く。ジョン・スタインベックの小説をエリア・カザンが監督した話題作である。公開されれば、一躍、ジェームス・ディーンは注目されるに違いない。無名の若い俳優が、ハリウッド・スターになるのだ。ジェームス・ディーンの独特な雰囲気やたたずまいが気に入り、デニス・ストックは被写体になってくれと依頼するが、ジェームス・ディーンは何だかんだとはぐらかす。

一方、ジェームス・ディーンは映画会社の支配を嫌い、「エデンの東」の宣伝のためのパブリシティをすっぽかしたりするので、勝手な行動をワーナー・ブラザースのジャック・ワーナー社長(ベン・キングズレーが必見)にとがめられる。「勝手なことばかりしていると、『理由なき反抗』の主役にはしないぞ」と恫喝するジャック・ワーナーは、いかにも映画が全盛だった五〇年代ハリウッドの帝王という感じである。しかし、ジェームス・ディーンは、従順に従うようなタイプではない。いい芝居だけをしたいという思いで、自由に生きている。また、恋人であるイタリア人女優ピア・アンジェリとの生活を楽しんでいる。

●ジェームス・ディーンの最後の誕生祝いに立ち会った写真家

デニス・ストックが撮った「エデンの東」公開直前のジェームス・ディーンの写真は、「ライフ」誌に「気難しい新スター」というタイトルで四ページわたって掲載された。それが掲載されるまでの二ヶ月ほどの物語が「ディーン、君がいた瞬間」で描かれる。それにしても、もう少し何とかならなかったのか、このタイトル。原題は「LIFE」で、たぶん「ライフ」誌と「人生」のダブルミーニングだろう。ジェームス・ディーンが育ったインディアナ州の町にふたりで赴くのが後半で描かれるのだが、そのとき「先週、誕生日だったね」と祖父母や叔父夫婦にお祝いされるので、その時期が二月中旬だったとわかる。

それが、ジェームス・ディーンの最後の誕生祝いになったことは、観客たちは知っているわけだ。このとき、二十四歳を迎えたジェームス・ディーンは、七ヶ月後に自動車事故で死んでしまうのである。彼の日常のシーンを捉えた写真も、おそらくデニス・ストックが撮ったもの以外にはほとんど残っていないはずである。雨のニューヨーク・タイムズスクエアでの写真、インディアナの故郷の農場での写真、いとこの少年と本を読んでいる写真、どれも僕には見慣れたものだったから、それを撮った瞬間が映画で描かれると、本当にこんな風だったのだろうなあと思えてくる。

ジェームス・ディーンの撮影を終え、マグナム・フォトのマネージャーと「ライフ」のビルの前で会ったデニス・ストックは掲載誌を受け取り、「次のテーマは何だ?」と問うマネージャーに「ジャズメンたちを撮りたい」と答える。デニス・ストックの未来の成功をうかがわせて映画は終わるが、その後に彼が撮影したジャズ・シーンは「ジャズ・ストリート」という作品集にまとまった。五〇年代のニューヨークは、モダン・ジャズの黄金時代である。チャーリー・パーカーがいて、新人のマイルス・デイビスがいた。バードランドを始め、ジャズクラブがいっぱいあった。

村上春樹さんが翻訳したビル・クロウの「さよならバードランド」という本がある。ビル・クロウは、五〇年代からジャズ・ベーシストとして活躍したミュージシャンである。その本は「あるジャズ・ミュージシャンの回想」とあるように、「ジャズ黄金時代のニューヨークで活躍したベーシストの自伝的交友録」なのである。表紙カバーは和田誠さんのイラストで、ニューヨークの街角を背景に大きなベースを黒いカバーに入れ、背中に背負って歩いているビル・クロウを描いている。そのイラストの基になっている写真を撮ったのが、デニス・ストックだった。

ニューヨークの早朝、巨大なベースを黒いカバーに包んで歩いているビル・クロウの写真は、ジャズメンたちを撮影したデニス・ストックの作品群の中でも有名な一枚だ。今ならネットで検索すれば、出てくるだろう。もちろん、ジェームス・ディーンを撮ったデニス・ストックの写真もネットで見られる。昔なら写真集を探したり、写真展にいかなければ見ることができなかった写真が簡単に検索できる。そのこと自体は、とてもよいことだとは思うけれど、写真家の著作権保護から考えると複雑な思いもしてくるのだった。

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