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2018年3月22日 (木)

■映画と夜と音楽と…810 博覧強記の文学者がいた



【真剣勝負/女ざかり】

●百円棚から救いだしてきた丸谷才一著「輝く日の宮」

散歩のついでにブックオフを覗いていたら、丸谷才一さんの「輝く日の宮」があったので百円棚から救い出してきた。本人が習作という長編「エホバの顔を避けて」と二作目の長編「笹まくら」は読んでいないけれど、「たったひとりの反乱」以降の長編は必ず読んでいて、「輝く日の宮」だけ未読だったのだ。短編集は初期の「にぎやかな街で」、芥川賞を受賞した「年の残り」、人に「絶対読め」と勧めまくった「横しぐれ」、後期の「樹影譚」など主だったものは読んでいる。それに、おもしろくて一気に読めた評論「忠臣蔵とは何か」も忘れがたい。英文学者で翻訳も多く、日本の古典にも造詣が深く、エッセイストであり、書評家であり、十年に一作くらいのペースで長編小説を出した博覧強記の文学者である。

僕が初めて丸谷才一という名前を知ったのは、中学一年のときだった。一九六四年、二ヶ月ほどで東京オリンピックが開かれようという夏、僕は常盤新平さんが編集長をしていた「エラリィ・クィーンズ・ミステリマガジン」を初めて買ったのだが、そこに「深夜の散歩」という新刊が紹介されていた。著者は、福永武彦、中村真一郎、丸谷才一の三人だった。「エラリィ・クィーンズ・ミステリマガジン」に最近まで連載されていたミステリ・エッセイで、それが一冊にまとまったものだった。ということから、その三人をミステリ好きな純文学作家として僕は認識した。福永武彦が加田伶太郎の名前で本格ミステリを書いているのも、そのときに知った。福永武彦名義で書いた王朝小説「風のかたみ」も、ミステリ的どんでん返しの見本みたいな作品だ。

さて、丸谷才一さんは書評をまとめた本も多いが、「深夜の散歩」もそのジャンルの一冊である。丸谷さんが書評で取り上げた本には、様々なジャンルのものがある。難解なジェイムズ・ジョイスを翻訳する一方、ミステリも書評の対象として多く取り上げた。僕はグレアム・グリーン全集を揃えているのだけれど、何冊かは丸谷さんの翻訳である。グレアム・グリーンはノヴェルとエンターテインメントを意識的に書きわけた作家で、多くの作品が映画化されているが、読者はエンターテインメントの「第三の男」や「ハバナの男」も、ノヴェルと言われる「情事の終り」や「権力と栄光」も区別せずに読んでいるのではあるまいか。丸谷さんも純文学もエンターテインメントも同じように読み、同列に評価していた気がする。

ちなみに僕の手元にある丸谷さんの書評集「いろんな色のインクで」をひもといてみると、「ジェイムズ・ジョイス伝」からエーリッヒ・フロム「愛と性と母権制」、村上春樹「スプートニクの恋人」などと共にジャック・ヒギンズの「密約の地」も取り上げている。そう言えば、内藤陳さんのお別れの会で大沢在昌さんにお会いしたとき、ちょうど新刊の「新宿鮫・絆回廊」を新聞の書評で丸谷才一さんが誉めていたのを読んでいたので、「丸谷さん、絶賛でしたね」と言ったら、大沢さんは「ありゃ、誉めすぎです」と照れていた。丸谷才一さんに誉められたら、どんな作家もうれしいだろうと思う。その丸谷さんも亡くなって、すでに五年が過ぎ去ってしまった。

●「輝く日の宮」に出てきた宮本武蔵の映画とは?

評論「忠臣蔵とは何か」は、ある仮説を立てて実証していくという推理小説的手法で貫かれていて、読み出したらやめられなかった。それに、その本のおかげで僕は様々な知識を得た。「輝く日の宮」も同じように、様々な知識が得られる長編小説だった。短編「横しぐれ」も山頭火について、まるで評伝を読んでいるかのような知識が得られるし、山頭火の自由律の俳句が作品の中に取り込まれ、その俳句の解釈から様々に推論を進めていく小説的おもしろさに充ちていた。「輝く日の宮」の後半は、「源氏物語」には「輝く日の宮」という巻があり、それが抜けているのはなぜかという謎を解き明かすおもしろさで読者をひっぱっていく。

まず、最初の章に「0」と付けられているのが「?」となるが、その意味は読み進めるとわかるようになっている。その章は、いきなり泉鏡花風の文章で始まる。丸谷さんは、ある時期から旧仮名遣いで書き続けているので、ついに鏡花風な文体になったのかと戸惑いながら読んでいると、それはヒロインの杉安佐子が中学生のときに書いた、鏡花を真似た小説の習作であることがわかる。そして第1章には、国文学者になったヒロインが登場するのだ。実に自由に書かれた小説で、第2章では安佐子の学会での発表が中心になる。作者は「ここからは、彼女の『芭蕉はなぜ東北へ行ったのか』の原稿をそのまま載せ、ただし補足した部分は《》に囲み、原稿にあったのに読まなかった部分は縦線で消すことにしよう」と書く。

さらに第4章は、まるまるシンポジウムのやりとりが九十頁近くを使って展開される。最初に状況設定などが書かれ、後は人物の名前と発言が戯曲のように書かれていく。また、ときどきト書きのように人物の反応や動き、観客たちの様子が挿入される。ここで、「源氏物語」専門の女性研究者から「『輝く日の宮』は、最初からなかった」とヒロインは反論され、次第に論争がエスカレートしていくのだ。つまり、第2章を読むと芭蕉の「奥の細道」の研究に詳しくなり、第4章を読むと「源氏物語」に対する様々な説を知ることになる。まるで、国文学の研究書を読んでいるような気分である。

一方、ヒロインの恋愛模様も描かれていて、海外の空港で知り合ったビジネスマンと通い婚(平安時代と同じように男が女の部屋に通う)の仲になり、その相手であるビジネスマンの話もいろいろと出てくるのだが、そのエピソードのひとつがおもしろかった。彼はニューヨークのパーティであるアメリカ人と親しくなり、そのアメリカ人は「大変気に入っているムサシの映画」があると話す。彼が「三船はいい役者ですからね」と答えると、相手は「いや、ミフネではなくて----」と反応する。「中村錦之助?」とつぶやくと、相手は強くうなずく。

----「キンノスケ! 彼がいい」と男はうなづいて、それから、鎖鎌で向つて来る夫婦者にたぢたぢとなつて、絶体絶命の窮地に陥り、つひに女房がおぶつてゐる子供を人質に取つて戦ふ武蔵の映画を、褒めちぎつた。「あの卑怯なムサシ。すばらしい。あれは偽善的なハリウッド映画には決して出て来ないヒーローですよ」(「輝く日の宮」)

ここで、僕にはアメリカ人が言っている映画が内田吐夢監督の遺作になった「真剣勝負」(1971年)だとわかったが、作中のビジネスマンは見たことがなく、アメリカ人の豪華な自宅マンションへいき、ふたりでその映画を見ることになる。そこから三頁ほど、「真剣勝負」の映画が描写される。丸谷さんは実によくまとめていて、「真剣勝負」を見ていなくてもよくわかる。また、「何か唐突な終り方で、あとで調べたら、内田吐夢の死後に編集されたせいとわかつたが」という文章まで出てくる。これは、やはり丸谷さん自身が「真剣勝負」を好きなのではあるまいか、と僕は感じた。不思議な展開の映画だし、公開当時は評価が低かったと記憶しているけれど、やはりあの「卑怯な武蔵」は必見だと思う。

●丸谷才一さんの小説は「女ざかり」が映画化されているが

丸谷才一さんの映画評やコメントはほとんど記憶になかったので、「真剣勝負」が作中に出てきたのは、ちょっとうれしかった。ただ、博覧強記の人だから、映画もかなり見ていたのではないかと思う。前述の「いろんな色のインクで」の中に「千年紀のベスト100作品を選ぶ」という章があり、選者は丸谷さん以外に評論家の三浦雅士さん、仏文学者の鹿島茂さんが加わっている。

1位が「源氏物語」で、2位に「失はれた時を求めて」が入っており、3位がジョイス「ユリシーズ」、6位にフェルメール「手紙を読む女」、7位にモーツァルト「クラリネット五重奏曲」というように文学、音楽、美術、建築作品などが入っているが、映画作品も入っていて、22位に「シテール島への船出」と「81/2」が同位で入っている。他の映画は52位に「キング・コング」、65位に「ワイルドバンチ」と「地獄に堕ちた勇者ども」「暗殺の森」、76位に「七人の侍」「勝手にしやがれ」「北北西に進路を取れ」「去年マリエンバートで」が選ばれていた。

同じ本に、フェリーニの「81/2」についての丸谷さんの短文が入っていた。ジョイスの研究家らしく、その短文は「『81/2』について論じるとき、最も多くあげられる名前はジョイスだといふ。しかしフェリーニ自身は読んでないと答へた。そこでわたしは言ふ。第一に、インタヴューに正直に答へるフェリーニがゐたら、ニセモノに決つてる。読んでないと答へた以上、かならず読んでるはず」と始まっている。九百字足らずの文章だが、そこにはフェリーニに対する深い洞察がうかがえる。やはり、映画を見る目も確かな人だったのだ。

ところで、丸谷才一さんの小説で映画化されたのは、「女ざかり」(1994年)だけである。「裏声で歌へ君が代」から十一年、一九九三年に出版された長編「女ざかり」は、「たったひとりの反乱」と同様にベストセラーになった。新聞社の論説委員の女性が主人公である。映画化に際しては、ヒロインを吉永小百合が演じた。論説委員になって初めて書いた社説が宗教団体の逆鱗に触れ、その宗教団体から多額の献金を受ける政治家が圧力をかけ、ヒロインを左遷させようとする。そんな権力とのかけひきが様々に描かれていく。政治的・社会的な要素が入ってくるのが、丸谷さんの長編の特徴である。

大林宣彦監督にしては、ちょっと異質の作品である。この当時、大林監督は十六ミリカメラを自在に駆使し、細かくカットを割るやり方を試していた。「青春デンデケデケデケ」(1992年)と同じ手法だ。独特のリズムが出るが、めまぐるしさを感じる人もいるだろう。あるいは、妙に落ち着かない気分になる人もいるかもしれない。三十五ミリカメラを三脚に据えて、フィックスで俳優たちの演技をじっくり撮影する映画に慣れている人には向いていない。セリフのやりとりもコマ切れで、しゃべりが速すぎたりする。無名の少年たちが駆けまわる「青春デンデケデケデケ」では効果的だったけれど、どちらかと言えば昔ながらの熱演をするタイプの吉永小百合(他にも、三國連太郎や津川雅彦など)には向いていなかったと思う。丸谷才一さんは、どう思っていたのだろう。

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