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2018年4月12日 (木)

■映画と夜と音楽と…813 出てくるだけで頬がゆるむ役者



【静かなる男/我が道を往く/裸の町】

●ジャック・ヒギンスの影響でアイリッシュウィスキーも飲み始める

先日、久しぶりにラフロイグを飲む機会があり、「やっぱり独特の味と香りだなあ」と改めて確認した。ラフロイグを初めて飲んだのは数十年前のことで、当時はかなり高価なウィスキーだった。ただし、クレゾール(消毒薬?)を連想させるような香りに慣れず、「どこがうまいの?」と思ったものだった。それから様々なウィスキーを飲む経験をし、一時はバーボンばかりだったが、今ではシングルモルトでも、ブレンデッドでも、アイリッシュでも何を飲んでもうまいと思う。アイリッシュ・ウィスキーを飲むようになったのは、ジャック・ヒギンスの小説の影響かもしれない。アイリッシュ・パブでは、ブッシュミルズかジェイムソンを飲む。

そんなことを思い出していたら、村上春樹さんのアイラ島とアイルランド旅行記「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」を読みたくなり、久しぶりに本棚から取り出した。「サントリー・クォータリー」誌に掲載したもので、スコットランドのアイラ島とアイルランドを訪ね、ウィスキー醸造所を巡る旅行記である。アイラ島には七つの醸造所があり、すべてシングルモルトだ。村上さんによれば、癖のある順にアードベッグ、ラガヴリン、ラフロイグ、カリラ、ボウモア、ブルイックラディー、ブナハーブンとなるらしい。やはり、ラフロイグは癖が強い方なのだろう。

もっとも、僕はこの七つの銘柄のうち、ラフロイグとボウモアしか飲んだことがない。それも熟成した年数によって変わる。ラフロイグは十五年か二十年ものを飲んだ。ボウモアは何年ものだったか忘れてしまった。数年前、WOWOWのドキュメンタリーでリリー・フランキーがボウモアの醸造所を訪ねる番組を放映した。そのとき、アイラ島を見たのだけど、僕もウィスキーを飲むためにいってみたいなあ、としみじみ思った。僕のウィスキー好きは勤めていた会社でも知られていたらしく、退職時の記念品に相棒だった同僚はバランタインの三十年ものを贈ってくれたし、労働組合からはサントリー山崎の十八年ものをもらった。二本合わせると、十万円である。それを僕は、早々に飲んでしまったのだけれど。

----アイルランドを舞台にしたジョン・フォードの映画「静かなる男」の中で、バリー・フィッツジェラルドがウィスキーを勧められ、「水はいる?」と尋ねられて、「わしゃ、水を飲みたいときには、水だけを飲む。ウィスキーを飲みたいときにはウィスキーだけを飲む」と答えるなかなかチャーミングな場面があったけれど、実際にはそういう人はむしろ少数派で、少量の水を加えて飲む人がほとんどである。「そのほうがウィスキーの味が生きるんだ」と彼らはいう。

これは、「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」に出てくる一節だ。この文中の「静かなる男」には欄外に村上さんの長文の注釈がついていて、冒頭に「僕は何かすごくいやなことがあると、いつもビデオで『静かなる男』を見ることにしている。だから(当然のことながら)ずいぶん何度もこの映画を見た。何度見ても、素晴らしい映画だと思う」という一文がくる。このことは、昔、書いたことがあるけれど、ずっと僕の記憶に残っていて、僕も気持ちが落ち込んだときには「静かなる男」を見たりした。この本から、そういう影響は受けたのだけれど、相変わらずウィスキーは水で割らず、けっこうストレートで飲むことが多い。「ストレート・ノーチェイサー」を気取っているのだ。

●アカデミー主演男優賞と助演男優賞の両方でノミネートされた

バリー・フィッツジェラルドは、酔っぱらいの役がよく似合う。そんな先入観ができたのは、「静かなる男」(1952年)の馬車の御者役の印象が強かったからだろうか。あの映画にバリー・フィッツジェラルドが出ていなかったら、ホントに味気ない作品になってしまっただろう。アイルランドの田舎駅、ジョン・ウエインの荷物を勝手に馬車に積み込む、とぼけた小男の御者。チンクシャな顔をし、笑うと愛嬌がほとばしる。狂言まわし的な役で、ウィスキーに目がない。笑わせる演技の間が抜群で、ユーモア漂うキャラクターである。一八八三年にアイルランドに生まれた役者で、ジョン・フォードに雇われて渡米したという。

フォード一家の役者と言えばいいのだろうか。しかし、僕が見たバリー・フィッツジェラルドが出演したジョン・フォード作品は、「果てなき航路」(1940年)「我が谷は緑なりき」(1941年)「静かなる男」(1952年)だけである。まあ、あまり西部劇には向かないような気がする。バリー・フィッツジェラルドの代表作となると「我が道を往く」(1944年)だが、監督はレオ・マッケリーである。この作品で、バリー・フィッツジェラルドはアカデミー主演男優賞と助演男優賞の両方でノミネートされた。同じ作品で、ビング・クロスビーも主演男優賞にノミネートされたからややこしい。結局、バリー・フィッツジェラルドは、助演男優賞に落ち着いた。

アイルランド出身の老神父フィッツギボン役がバリー・フィッツジェラルドだ。彼が長年愛してきたニューヨーク下町のセント・ドミニックは、金貸しに催促を受けているような貧しい教会だが、そこへ新任神父オマリー(ビング・クロスビー)がやってくる。型破りなオマリー神父に老神父フィッツギボンは眉をひそめ、彼の転任を教皇に進言するが、自身の引退を勧められ、オマリーが教会の新しい神父だと知る。一方、オマリーは自分は副神父でよいとフィッツギボンに譲り、不良少年たちにコーラスを教えて更正をはかる。そのコーラス団をつれてコンテストに出て入賞する。彼らのレコードが発売され、その売上金で教会の補修もできることになる。

ハリウッド調のハッピーエンディングではあるが、これほど感動的な作品はそうない。もちろん、ビング・クロスビーの存在なくして、この映画は成立しないけれど、バリー・フィッツジェラルドがいなければ、きっと味わいのない作品になっただろう。謹厳実直で、伝統を守る老神父。それでいて、愛嬌があり、独特のユーモアを醸し出す。バリー・フィッツジェラルドというキャラクターに負う部分の多い作品だ。彼が主演と助演の両方の候補として取り上げられたのもよくわかる。ラストシーンの余韻は深く、アイルランドへの望郷の念がバリー・フィッツジェラルド自身の人生に重なり、涙なくしては見られない。ハリウッドが持ち得た至宝の一作である。

●ニューヨーク中をロケしドキュメンタリーを見ているような作品

「裸の町」(1948年)では、バリー・フィッツジェラルドはシリアスな演技を求められた。出てくるだけで観客の頬がゆるむような役者だったバリー・フィッツジェラルドだが、ここではニューヨーク市警殺人課の老練な刑事を演じた。この映画の公開によって、「セミ・ドキュメンタリー調」という言葉が使われるようになった。ニューヨーク中をロケし、ドキュメンタリーを見ているような気分になる作品だ。ジュールス・ダッシン監督は意欲的で才能にあふれていたが、この後、赤狩りに遭いハリウッドを追われた。ヨーロッパで映画作りを続けたが、後にギリシャ映画「日曜はダメよ」(1960年)をヒットさせる。

「裸の町」は、アパートで殺されていたモデルの捜査を地道に描いている。刑事たちが町を歩くシーン、俯瞰で見せるニューヨークの広さなど、現実の捜査を思わせて斬新だった。モデル殺しには、宝石強盗事件がからんでいることがわかってきて、最後には犯人逮捕のハラハラドキドキもあり、現在につながる刑事映画の嚆矢と言えるだろう。すぐれた喜劇役者は名優であることが多いが、バリー・フィッツジェラルドも老練な刑事の雰囲気を漂わせ、アクションにさえ挑んでいる。このシリアスなバリー・フィッツジェラルドを先に見ていたら、「静かなる男」の御者とは別人だと思ったかもしれない。

僕は「静かなる男」を先に見てしまったが、「裸の町」の方が「静かなる男」より四年早く制作されている。日本公開は一九四八年の十二月二十八日だった。お正月映画だったのだ。その十ヶ月後、黒澤明監督の「野良犬」(1949年)が公開される。間違いなく、黒澤明は「裸の町」にインスパイアされて「野良犬」を撮ったのだ。刑事が犯人を追うという物語も、ドキュメンタリー・タッチでの撮影も、黒澤明は「裸の町」に影響を受けたに違いない。黒澤明のジョン・フォード好きは有名だが、フォード作品に出たときとは違う「裸の町」のバリー・フィッツジェラルドの演技に驚いたのではないだろうか。

バリー・フィッツジェラルドは、一九六一年一月、心筋梗塞で七十二歳の生涯を閉じた。「静かなる男」に出たときは、すでに六十四歳だったのだ。調べてみたが、「静かなる男」以降の出演作はないようだ。六十半ばで代表作のひとつを持てたのは幸せだったのではないだろうか。ちなみに、「静かなる男」のジョン・ウェインとヴィクター・マクラグレンの延々と続く殴り合いは、宮崎駿監督の「紅の豚」(1992年)の殴り合いに影響を与えていると思う。いや、影響というより、オマージュなのかもしれない。おそらく、宮崎駿監督もジョン・フォード作品が好きなのに違いない。

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