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2018年5月24日 (木)

■映画と夜と音楽と…818 しまなみ海道を走る



【新・平家物語/義仲をめぐる三人の女/のぼうの城】

●重要文化財指定を受けた武具類の八割が保存されている国宝館

先日、友人に誘われて「しまなみ海道」の大三島までいってきた。高松から高速道路に乗り、今治市を通って大島、塩で有名な伯方島を抜けて三つ目が大三島だった。その後、生口島、因島、向島を通って尾道に抜けるのが「しまなみ海道」である。高松からだと瀬戸大橋で岡山に渡り、尾道側から大三島にいった方が距離が短いということだったが、ちょうど囚人の脱走事件があったとき(その日に逮捕された)なので、検問での混雑を避けて今治市側からのルートをとった。今治市は刑務所脱走事件で話題になっていたが、もうひとつの話題である加計学園があり、高速道路から大きな「加計学園・岡山理科大学」の看板が見えて、ニュースでおなじみになった新設の立派な校舎もあった。

大三島の大山祗(おおやまずみ)神社まで約三時間。僕はまったく知らなかったが、大山祗神社は有名らしく、神社の周囲にはレストランや料理屋、お土産屋などがあり多くの観光客がいた。立派な神社で敷地も広く、国宝館や海事博物館などもある。境内には樹齢三千年と言われる巨大な楠(天然記念物に指定されていた)もあった。全国の国宝・重要文化財の指定を受けた武具類の八割が保存されているという国宝館には、平重盛、源義経、木曾義仲、巴御前、武蔵坊弁慶、静御前といった人々が奉納した刀や薙刀、鎧甲冑が展示されていた。刀は反りの大きい古刀で、差すのではなく帯に吊す形のものだった。主に源平時代のものが多いのは、やはり瀬戸内海だからだろう。

瀬戸内海は、源平合戦の主戦場になった。高松には屋島という台形の山があるけれど、屋島裏の海を舞台にした「那須の与一」の物語が有名である。義経に追われて屋島に逃れた平家は、追ってきた源氏の軍勢を前に船を出し、船に立てた扇を射抜いてみろと挑発する。船は揺れているから扇の的もゆらゆら揺れている。弓の名手である与一が指名され、彼は見事に扇を射抜く。その後、平家は屋島から逃れ、壇ノ浦の海に沈む。大三島に向かう高速道路の背景に見えた四国山脈を見ながら、「平家の落人部落はこういうところにあったんだろうなあ」と思いを馳せた。瀬戸内の島々に逃れた平家一族もいたことだろう。

壇ノ浦の戦いというと、やはり木下順二の壮大な戯曲「子午線の祀り」を思い出す。僕は戯曲も読んだが、幸いなことに舞台も見ることができた。今も鮮明に思い出すことができる見事な舞台だった。中心人物は平知盛で、演じたのは前進座の嵐圭史。歌舞伎、能、新劇など様々なジャンルの役者たちで構成され、ギリシャ古典劇のコロスのような「群読」という手法を取り入れ、「平家物語」の世界を構築した。最近、野村萬斎が再演したというが、それは見ていない。木下順二は平家物語にある平知盛の最後の言葉「見るべきほどのことは見つ、今は早や自害せん」に触発され、この壮大な叙事詩の主人公に知盛を選んだという。僕も「平家物語」の中で最も印象に残るのが、この言葉である。知盛は壇ノ浦に入水し、鎧甲冑の重みで体は沈んだ。

源平の時代の面白さを教えてくれたもう一本の戯曲は、山崎正和の「野望と夏草」だった。平清盛と後白河法王が対決する、権力を巡る物語である。これも先に戯曲を読み、幸いにも内野聖陽と津加山正種が演じた舞台も見た。保元平治の乱から平家滅亡までを描いたもので、実におもしろいものだった。「平家物語」の冒頭のフレーズ「盛者必衰の理をあらわす」をひしひしと感じたものだった。さらに、源氏の世になっても権力争いは絶えず、そのおもしろさを教えてくれたのは、大河ドラマ「草燃える」だった。岩下志麻が北条政子を演じ、その弟で純粋な青年武士から権謀術数を駆使する老獪な権力者になっていく北条義時を新人だった松平健が演じた。原作は永井路子の鎌倉ものの小説群。僕はその原作を読み漁り、実朝暗殺までのいきさつを理解した。

●映画界デビュー間のない市川雷蔵が清盛を演じた「新・平家物語」

日本の古典の中では、「平家物語」は群を抜いておもしろい。僕は「太平記」にも挑戦したのだが、途中で挫折した。「平家物語」のおもしろさは、やはり琵琶法師が語るというスタイルだったので、大衆受けする形になったからだろうか。七五調の語りは、耳になじみやすい。戦前、源平合戦の知識は日本人の基礎教養だったのだが、今の人たちでどれほどの人が知っているだろう。僕の世代でも、知らない人の方が多い気がする。もっとも、僕は見ていないのだが数年前に大河ドラマで「平清盛」なる作品が松山ケンイチ主演で放映されたので、案外、若い人にも知られているのかもしれない。その作品では、平清盛は白川上皇の落とし胤ということになっていたのだろうか。

戦前から戦後、吉川英治は超人気作家だった。その人気作品のひとつに「新・平家物語」がある。昔、仲代達矢の清盛役で大河ドラマになったことがあるが、日本映画界の巨匠・溝口健二が映画化したのは昭和三十年(一九五五年)のことだった。主演は、映画界にデビューして間のない市川雷蔵である。若々しい平清盛だった。眉尻を跳ね上げるようにしていて、武者らしい勇ましさだった。あの独特の口跡のよさは、デビュー当時からのものだったのがわかる。僧兵たちに囲まれて弓を引く姿も凛々しく、市川雷蔵ファンは必見の作品だ。もちろん、溝口健二らしい奥行きのある画面が格調高く、色彩設計も凝っている。撮影監督は宮川一夫。小津も黒澤も彼と仕事がしたくて、大映で「羅生門」や「浮草」を撮った。それほどの名手だった。

大映で映画化された「新・平家物語」は三部作だった。二部は「義仲をめぐる三人の女」(1956年)で、監督は衣笠貞之助である。木曾義仲を演じるのは白塗りの二枚目、長谷川一夫だ。巴御前は京マチ子。若い頃の京マチ子は、気の強い女を演じたら右に出る者はいなかった。「羅生門」のときの鋭い視線を思い出すと納得する。巴御前には、ぴったりである。三部は僕は未見だが「静と義経」(1956年)で、監督は島耕二が担当した。この作品も撮影は宮川一夫だ。淡島千景、菅原謙二がキャスティングされているので、菅原謙二が義経を演じたのだろうか。この頃の菅原謙二というと、柔道ものばかりに出ていた記憶がある。配役のトップが淡島千景なのでおそらく静御前役なのだろうが、三番目にキャスティングされている香川京子の方がイメージ的には合っている気がする。

●本屋さん大賞の受賞作は必ず映画化されるから----

大三島を後にして向かったのは、大島にある「今治市村上水軍博物館」だった。天気はよく、瀬戸内海の島影が美しい。「しまなみ海道」が通じたからか、島の道も広くきれいに整備されている。ただ、旧道に入ると車がすれ違うのも苦労するような道になった。「村上水軍博物館」は海辺にあり、海に向かって建てられた砦のような建物だった。村上水軍が使っていたという軍船が再現されて、入り口の横に置かれていた。館内の展示や映像での説明を見ると、瀬戸内のひとつの島を完全な海城にしていたという。小さな島が集まる海域だから潮の流れが複雑で、渦を巻いたりして、簡単には島にも近づけなかったらしい。

館内のショップには和田竜の「村上海賊の娘」のサイン本が売られていたし、出版元の新潮社とコラボレーションした「村上海賊の娘ドラ焼き」も売られていた。「村上海賊の娘」は吉川英治新人文学賞を受賞し、本屋さん大賞を獲得した人気時代小説だ。「村上水軍博物館」としては、村上水軍を有名にしてくれた作品である。ちなみに、「昨今では、彼らを『村上水軍』ではなく、『村上海賊』と呼ぶことが多い。(中略)『水軍』では、彼らの多様な活動を表現できないため、最近では古文書などに見える『海賊』という呼称を用いることが多くなってきている」とパンフレットにあった。

和田竜は、シナリオのコンクールである城戸賞を受賞した人である。その受賞作を小説にした「のぼうの城」を出版してベストセラーになり、映画化の話が舞い込んだ。当然、映画化された「のぼうの城」(2011年)は和田竜自身が脚本を書いた。この小説が話題になったとき、僕は「タイトルがうまいなあ」と思ったものだ。「のぼう」とは何? と誰もが思うだろうが、読めばわかるのだ。「でくのぼう」と呼ばれる主人公。いつの間にか「のぼう様」と領民たちは呼んだという設定なのだった。このすっとぼけた主人公を、野村萬斎が演じた。豊臣秀吉の大群を相手に、小さな城の城主の留守を守る守備兵たちが奮闘する。水攻めに遭い、城外の湖面に船を浮かべて敵の前で踊る設定があり、その踊りは野村萬斎だからこその説得力があった。

和田竜の二作目は「忍びの国」で、これも原作者本人の脚本で、昨年、映画化された。和田竜の四作目が「村上海賊の娘」上下二巻だった。本屋さん大賞受賞作は、一回目の「博士の愛した数式」(2005年)以来、間違いなく映画化されるので、「村上海賊の娘」も映画化される可能性は高いだろうなあ、そのときはまた「村上水軍博物館」の入場者数は増えるかもしれないな、と考えながら「村上水軍博物館」を後にした。「村上海賊の娘ドラ焼き」は買わなかったけれど----。

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