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2018年6月 7日 (木)

■映画と夜と音楽と…820 「バカな男ねぇ」と星由里子は言った



【妻として女として/女の座/女の歴史/恋する女たち】

●加山雄三はすぐに追悼コメントを出し「澄チャンは永遠だ」と讃えた

西城秀樹と同じ日に死んでしまったがために、本来ならメディアにもっと取り上げられるはずだった星由里子の死が目立たないニュースになってしまった。もちろん、若大将こと加山雄三はすぐに追悼コメントを出し、「澄チャンは永遠だ」と讃えた。苗字は作品によって異なったが、「澄子」というのが常に「若大将シリーズ」での彼女の名前だった。石井隆作品では、女は常に「名美」であるのと同じだったのかもしれない。もっとも、石井隆作品とは正反対の脳天気な「若大将シリーズ」だから、別の名前を考えるのが面倒だっただけかもしれない。ちなみに「若大将シリーズ」の二代目ヒロインをつとめた酒井和歌子が何という名前だったかは、まったく記憶にない。ただし、酒井和歌子は僕にとって永遠のヒロインである。最近、テレビCMで笹野高史の奥さん役をやっているのは、実に許容しがたい。

さて、星由里子を「若大将シリーズ」のヒロインとしてしか記憶していない人に向かって、僕は異議を申し述べたいと思う。当時の映画会社で言えば、日活と東映は男優中心のプログラムを組んでいた。日活なら、石原裕次郎、小林旭、宍戸錠、二谷英明などである。東映は、もちろん中村錦之助、東千代之介、大友柳太朗、大川橋蔵などがいた。大映は大御所の長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎だ。しかし、ホームドラマ系の松竹は、どちらかと言えば女優を中心とした作品が多かった。東宝の作品系列は明朗な現代劇が多く、「社長シリーズ」「駅前シリーズ」「無責任シリーズ」「若大将シリーズ」などと、「妖星ゴラス」といったSF映画や怪獣映画でプログラムを組み、その間に巨匠・黒澤明作品、成瀬巳喜男作品、豊田四郎の文芸作品などを公開した。

東宝で女性映画の巨匠と呼ばれたのは、成瀬巳喜男だった。その成瀬作品に星由里子が出演したのは、五十七年前のこと。十八歳のときである。その年、若大将シリーズ第一作「大学の若大将」(1961年)も公開されている。一方で若大将の恋人を演じ、一方で巨匠作品でシリアスな演技を見せていた。「妻として女として」(1961年)は、成瀬作品としては「浮雲」(1955年)の系列に連なる、ちょっとドロドロした男女関係を描いた作品だった。妻を演じたのは淡島千景であり、女を演じたのは高峰秀子である。大学の建築学科の講師である男(森雅之)は妻がありながら、二十年近くつきあいのある愛人(映画の中では妾と呼ばれている)がいる。

高峰秀子が初めて登場するシーンでは、喫茶店で淡島千景と向かい合っている。何かの打ち合わせらしい。そこへ淡島千景の娘(星由里子)がやってきて、「おばさま、こんにちは」と挨拶し、母に銀座のデパートで見つけた高価な靴を買ってくれとねだる。ふたりの関係はどういうものなのかと見ていると、銀座の酒場にいる森雅之になる。森雅之がバーテンと話している内容から、その店を経営しているのは淡島千景で、近々、新宿に新しい酒場を開くことになっているらしい。そこへ、その酒場のママである高峰秀子が戻ってくる。森雅之は彼女を店の外に呼び出し、関西に出張するので熱海で落ち合おうと言う。

つまり、淡島千景は自分が経営する酒場のママに夫の愛人を雇っているのだ。その店の女の子(水野久美)を新宿の新しい店のママにするのを条件に、高峰秀子の日常を探らせている。淡島千景は水野久美に「最近、旅行すると言ってなかった?」と訊く。夫が出張を利用して高峰秀子と密会することを予測しているのだ。星由里子はその十八の娘を演じているが、やがて淡島千景は子供が産めない体で、娘も中学生の息子も愛人である高峰秀子が産んだことがわかる。妻と愛人は対立し、「子供を返してくれ」と言ってくる。森雅之を挟んで対立する淡島千景と高峰秀子の言い合いを聞いた星由里子は、高峰秀子を「かわいそうな人だと思うけど、バカよ」と言い捨て、弟を連れて家を出ていく。デビュー間もない十代での演技だが、しっかりしたものだった。

●大人数の登場人物の関係やキャラクターを整理して見せる名人技

成瀬作品の「女の座」(1962年)は、「浮雲」や「妻として女として」ほどドロドロしていないので僕は何度も見返す好きな作品だ。東宝女優陣総出演の作品である。渋谷に近い町にある金物屋。笠智衆と後妻である杉村春子の老夫婦がいて、死んだ長男の嫁の高峰秀子がいる、先妻の子の草笛光子は離れを自分で建てて、お茶とお花を教えている。後妻の子の淡路恵子は結婚して九州で暮らしていたが、三橋達也の夫と共に東京にもどってくる。後妻の次女の司葉子は、勤めていた会社が倒産。末娘の星由里子は映画館の切符売り場に勤めている。先妻の長女の三益愛子はアパートを経営していて、夫(加東大介)は若い女と駆け落ちし、娘(北あけみ)はアパートに入ってくる若い男に興味津々だ。先妻の次男の小林桂樹は、渋谷でラーメン屋を営んでいる。その妻は丹阿弥谷津子である。

最初、父親が倒れたというので子供たちが集まってくるシーンがあり、そこで大人数の登場人物の関係やキャラクターを整理して見せてしまうのは名人技である。高峰秀子の夫は三年前に亡くなり、中学生の長男がいるのも説明されるし、高峰秀子のたったひとりの妹が団令子であり、劇団の研究生でバー勤めをしていることも簡潔に観客に伝わる。杉村春子は最初の結婚で産んだ子がいて、成長したその子が偶然にも三益愛子のアパートに入り、珍しい苗字から「もしや」と三益愛子が確認し、数十年ぶりに杉村春子と息子(宝田明)が再会する。その宝田明に、男など見向きもしなかった草笛光子が一目惚れしてしまう。しかし、宝田明は高峰秀子に惹かれ、一方、宝田明の悪評を妹の団令子から聞かされた高峰秀子は----というように、様々なエピソードが錯綜する。

司葉子と星由里子のエピソードは、気象庁に勤める青山(夏木陽介)にかかわるものだ。小林桂樹のラーメン屋を手伝うことになった司葉子は、毎晩、その店で食事をする夏木陽介(最近亡くなりましたね)と知り合う。妹の星由里子は以前から夏木陽介と知り合いで、「いい人だから」としきりに司葉子と夏木陽介をくっつけようと企てる。見合いをして結婚話が持ち上がっている司葉子に、「どっちにするか、はっきり決めなさいよ」とつっつくが、司葉子は「青山さんは、いい人だけど----」とはっきりしない。ある日、別々に星由里子から伝言を受けた司葉子と夏木陽介は喫茶店で会い、それが星由里子の企てだと気付く。

その後、台所で高峰秀子と司葉子が話をするシーンがある。「(星由里子から)青山さんて人のこと聞いたんだけど、その人のこと好きなの」と高峰秀子に訊かれた司葉子は、「自分が好きなのよ。青山さんのこと。私をダシにして、あの人、試してるのよ。悪いヤツ」と明るく答える。しばらくして、同じ台所で司葉子と星由里子が話している。台所にやってきた高峰秀子に司葉子が「見合い相手と結婚するわ」と告げると、星由里子が「青山さんのことどうするの」と口を出す。司葉子は「バカね。まだあんなこと言ってる。自分が青山さん、好きなくせに」と笑顔で言う。そのとき、舌を出す星由里子の表情が忘れられない。

「女の座」は東宝のオールスター映画(昔、正月映画やゴールデンウィーク向けなどでよく作られた)だから、登場人物がやたらに多く、それぞれのキャラクターを生かしたエピソードが描かれる。そのため、人物関係や錯綜する物語の整理が大変なのだが、「女の座」は実によく整理されたオールスター映画の名作だと思う。暗いエピソードもあるけれど、笑う場面もあるし、司葉子や星由里子など若い美人女優を見る楽しさもある。家族間の金銭に関わる醜い話もある。それでも、ラストシーンで後味よく終わってくれる。司葉子、星由里子の若い頃を見るにはお勧めの作品だ。

●和服を着こなした美しい星由里子が放った「バカな男ねぇ」というセリフ

成瀬作品に出たいと願った若い女優が監督に直訴したとき、「三十を過ぎたらいらっしゃい」と答えたというエピソードは有名だ。大人の女性を描くことに定評があったから、そんな話がひろがったのだろうか。星由里子は十七か八で初めて成瀬作品に出演し、二十歳を過ぎると出なくなってしまった女優である。「女の歴史」(1963年)以降、彼女は成瀬作品には出演していない。この年、「ハワイの若大将」(1963年)が封切られ、以降、「若大将」シリーズは大人気番組になり、海外ロケが増える。もしかしたら、そちらのヒロイン役が忙しくて、成瀬作品に出られなくなったのだろうか。中学生だった僕は、「エレキの若大将」(1965年)から見始めて、酒井和歌子にヒロインがバトンタッチされるまで見ていたが、その頃、小津安二郎監督の名は知っていたものの成瀬巳喜男監督はまったく知らなかった。

「女の歴史」は、戦前、戦中、戦後を生き抜いたヒロイン(高峰秀子)の物語である。見初められて商家に嫁いだ高峰秀子は夫(宝田明)との間に息子をもうけるが、夫は戦死する。戦後、結婚披露宴で初めて出会った夫の友人(仲代達矢)と再会し、ほのかな想いを寄せるが、男は闇屋の事件に関わり姿を消す。息子と義母を抱えて、闇屋をしながら戦後を生き抜いた高峰秀子は、やがて美容院を開き、息子(山崎努)は成長して自動車販売会社の営業マンになる。その息子は母親の反対を押し切って、バー勤めの女(星由里子)と暮らし始めるが、ある日、自動車事故で死んでしまう(それを知らせてくるのが、息子の友人役の若き児玉清)。

息子の死後、星由里子が訪ねてきて妊娠していることを告げる。しかし、高峰秀子は「誰の子かわかるものか」と冷たく突き放す。「私、そんな女じゃありません」と星由里子は怒りを見せ、「だったら堕ろします」と言い捨てて出ていく。しばらくして、後悔した高峰秀子は後を追い、彼女のアパートへいくと、隣人から「病院へいった」と言われる。呆然として雨の中を歩いていると、濡れながら帰ってくる星由里子と出会う。「もう、堕ろしたの」と尋ねると、星由里子は母子手帳を見せる。このシーン、「女の歴史」の中でも特に印象に残る。「女の歴史」は「女たちの歴史」でもあったのだ。子供を残して夫が死んでしまった高峰秀子の歴史、そして同じ境遇になった星由里子の歴史が続いていく。あの時、二十歳だったとは思えないほど、星由里子の演技は充実していた。

もう一本、忘れられない星由里子のシーンがある。大森一樹監督・斉藤由貴主演「恋する女たち」(1986年)だ。昔、大森一樹監督に取材したとき、「名作を作っちゃったなあ」と自ら言っていたが、大森監督らしい軽妙な作品ではある。ラストシーンは監督の好きな「冒険者たち」(1967年)へのオマージュだ。ヒロインは人気絶頂の斉藤由貴。仲のよい同級生は、おニャンコの高井麻巳子と相良ハル子が演じた。相良ハル子の両親は離婚し、母親(星由里子)は小料理屋を開いている。ある日、恋の悩みを打ち明けながら開店前の店で斉藤由貴と相良ハル子がビールを飲んでいると、離婚した父親(蟹江敬三)がやってくる。ロシア文学助教授の父親は書斎に残したままのツルゲーネフ全集の何巻かを取りにきたのだ。

そのとき、母親が帰ってくる音がする。あわてて相良ハル子は父親を隠し、戻ってきた母親をごまかして父親を裏口から外へ出す。そのとき、父親は本を一冊落としてしまう。店に戻った母親が「あら、ダンナの本じゃない」とツルゲーネフの本(「初恋」が入っている)を拾い上げる。「それ、私が借りたんです」と斉藤由貴が繕う。星由里子はその本を開き、見返しを見てから本を閉じ、「バカな男ねぇ」としみじみと言う。渡された本を開き、斉藤由貴が見ると「恋する者は弱者なり」と書き込みがある。次のシーンは「初恋」の冒頭を読みながら夜道を歩く斉藤由貴である。

今も僕の脳裏には、四十を越え、和服を着こなした美しい星由里子が放った「バカな男ねぇ」というセリフが刻み込まれている。僕自身に向かって言われたような気がしたのだ。それは、若大将と結ばれるはずだったのに、青大将と結婚してしまい、十数年後に離婚した澄子の言葉のようにも思えた。しかし、若大将と結婚したとしても、同じ結果を迎えていたかもしれない。結局、人生は長く、正しい決断というものはない。結果として、本人が納得できるかどうかだろう。それにしても、僕が忘れられない星由里子のシーンには、どうして「バカ」というセリフが関連しているのだろうか。

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