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2018年7月19日 (木)

■映画と夜と音楽と…826 陽の主役・陰の悪役



【子連れ狼・死に風に向かう乳母車/仁義なき戦い/仁義なき戦い・広島死闘篇】

●僕にとって加藤剛は映画の人であり、時代劇の人だった

六月十八日に加藤剛が亡くなっていたとわかり、七月上旬、テレビや新聞で大きく取り上げられていた。八十歳の名優。最近では「船を編む」(2013年)の加藤剛が印象に残っている。よい映画は、登場人物たちも愛しく思えるものだ。よい辞書を作るために十数年、様々な言語を収集する言語学者の姿は加藤剛ならではの誠実さとまじめさがうかがえ、こんな人間になりたかったなあ、と思わせるものだった。しかし、僕にとって加藤剛は、時代劇の人なのである。テレビ版「大岡越前」が代表作として紹介されていたが(僕も将軍になる前の吉宗を捕らえるエピソードだった第一回目を見ているが)、やはり映画の人であり、時代劇の人なのである。

事件現場に椿の花弁が置かれている連続殺人事件を捜査する与力を演じた「五辯の椿」(1964年)の加藤剛は若かった。続いて、テレビ時代劇「三匹の侍」(1966年)がある。丹波哲郎の柴左近がいなくなり、若手の加藤剛が加わった。そして、小林正樹監督の「上意討ち 拝領妻始末」(1967年)では三船敏郎と共演した。栗原小巻と演じた「忍ぶ川」(1972年)と同じ年には、「子連れ狼・死に風に向かう乳母車」(1972年)に出演している。さらに言うなら、最近、映画化された司馬遼太郎の「関ヶ原」(2017年)は、三十七年前にTBS開局何十周年かの記念で、三夜連続の九時間ドラマとして映像化されたことがあるのだけれど、加藤剛が演じた石田三成が実にはまり役だった。

俳優座養成所から俳優座に入り、ずっと俳優座の役者として活躍してきた人である。俳優座は映画部を持っていて、俳優座が制作した作品もある。加藤剛は積極的に映画に出演した人だと思う。松本清張原作の「影の車」(1970年)や「砂の器」(1974年)なども代表作として挙げられるが、ああいう暗い陰のある役は、あまり向いていないのではないかと思う。どうしても「誠実でまじめな人」というイメージがあるからだ。僕は小学六年生のときにテレビ版「人間の条件」で初めて加藤剛を見た記憶があり、あのヒューマニスト梶のイメージにぴったりだった。軍隊に入っても己の信念を貫く主人公を演じて、加藤剛は映画版の仲代達矢より向いていたのではないだろうか。

僕にとって加藤剛が時代劇の人である最も大きな理由は、「子連れ狼・死に風に向かう乳母車」の孫村官兵衛が忘れられないからだ。三十四歳、加藤剛は最も充実した役者人生を送っていた頃だと思う。殺陣も見事だった。子連れ狼こと拝一刀(若山富三郎)は、冒頭、あるいきさつから官兵衛に立ち会いを申し込まれ、刃を交える。じっと対峙した一刀は刀を鞘に収め、「この勝負、負けに致す」と言う。「何故に」と問う官兵衛に、「まことの武士として残しておきたいがゆえに----」と一刀は言いおき、乳母車を押して去っていく。その後ろ姿を見ながら官兵衛は、「また、死に損なったか」とつぶやくのである。この若き加藤剛がすばらしい。

●加藤剛と名和宏が出ていた「子連れ狼・死に風に向かう乳母車」

以前にも書いたと思うけれど、「子連れ狼・死に風に向かう乳母車」は間違いなくクエンティン・タランティーノ監督の「キル・ビルVol.1」(2003年)に影響を与えている。ヒロインが無理矢理キスしてきた男の舌を噛み切ってペッと吐き出すシーン、日本の居酒屋でものすごい数の相手をヒロインがたったひとりで縦横無尽に斬りまくり、腕や足や胴体が飛び散るシーンなど残酷描写の好きなタランティーノ監督は、映画オタク時代に見まくった日本映画の一本にオマージュを捧げているのだと思う。それに、「子連れ狼」は英語版の劇画もアメリカでヒットした。トム・ハンクスの「ロード・トゥ・パーディション」(2002年)は、アメリカ版「子連れ狼」と言われた。ギャング全盛の頃の時代設定だが、確かに物語のベースは「子連れ狼」だった。

「子連れ狼・死に風に向かう乳母車」で女郎として買ってきた娘に旅籠で劣情を催し、無理矢理くちづけしたために舌を噛み切られてしまうのは、「文句松」という女衒を演じた名和宏だった。「子連れ狼・死に風に向かう乳母車」の中で拝一刀親子を別にして、「自分がなりたいキャラクターを選べ」と言われたら、多くの人は孫村官兵衛役を選ぶだろう。それほど毅然としてかっこいい役である。中には僕のような草野大悟ファンがいて、馬上短銃(たんづつ)の名手役を選ぶかもしれない。彼は川で溺れている大五郎を見て、助けるためにガンベルトを川岸に置いて飛び込むが、川が泳ぐほどの深さがないことに気付く。目の前で、溺れる真似をしていた大五郎が立ち上がる。そのとき、拝一刀が刀を抜いて現れ、あわてて短銃を取りに戻ろうとするがバッサリ斬られてしまう。

また、ワンシーンにしか出なくても印象的な役もあって、官兵衛を取られたのならあの役でもいいや、という人もいるだろう。でも、絶対に誰も選ばないのが名和宏が演じた「文句松」の役である。どうしても、何かの役を選ばなければならないとしたら、映画の冒頭で旅の母娘を犯し官兵衛に斬られる渡り徒士(わたりかち)役の山谷初男の方がマシだと思うだろう。女衒という嫌われる商売で、宿でにわかに劣情を催して「銭で買った体を俺がどうしょうと勝手だ」と言いながら、処女の娘を犯そうとして舌を噛み切られて悶絶死する役なんて、絶対にやりたくないと思うに違いない。しかし、その役を憎々しげに演じた名和宏は名悪役だった。

加藤剛が亡くなった八日後の六月二十六日、その名和宏が亡くなった。加藤剛より五歳年上の八十五歳だった。訃報は加藤剛ほど大きくは扱われなかったが、「名悪役」という見出しの下、小さな写真が添えられて掲載された。その写真を見れば、名前は知らなくても、多くの人が「ああ、あの悪役の人ね」とわかったことだろう。テレビ「水戸黄門」などでも悪役を演じたと記事には書かれていたから、悪代官などの役で知られているのかもしれない。しかし、僕は加藤剛の訃報より、名和宏の訃報に強く反応したのだった。「名和宏、とうとう死んだかあ」と、感慨深いものを感じたのだった。八十五歳、六十年以上の長い役者のキャリアがある。出演作は、数えきれない。何度死んだかも、数えきれない。僕は、名和宏が死ぬシーンをいくつも数え上げることができる。

●加藤剛と名和宏はまったく異なる役者人生だったけれど----

加藤剛が優等生なら、名和宏は不良生徒だった。加藤剛が陽なら、名和宏は陰だった。加藤剛のイメージが「誠実」なら、名和宏のイメージは「陰険」あるいは「悪辣」だったかもしれない。当然のことだが、悪役を演じるようになってから、自ら憎々しげな悪役面を作っていた。しかし、やくざ映画の名作と言われる「博奕打ち 総長賭博」(1968年)の名和宏は、若山富三郎に「渡世の筋が違う」と非難され刺されてしまう役だが、とてもいい役で見せ場もあった。本当の悪役は金子信雄で、名和宏は金子信雄に騙され踊らされてしまう組長だった。名和宏と若山富三郎の間を取り持とうとした鶴田浩二は、最後に金子信雄を刺す。

金子信雄が独特の演技で強烈なキャラクターとして作り上げ観客にも妙な人気が出たのが、「仁義なき戦い」(1973年)の山守親分である。その山守組と呉市の縄張りを争うのが土居組だった。土居組の組長を演じたのが名和宏(このときは名和広だった)である。この名和宏は組長然としていて、貫禄もある。山守に土居を殺せと命じられた広能昌三(菅原文太)は、広島の組に客分として入り込み、その組に挨拶にきた土居に何発も弾丸を撃ち込む。しかし、第一部で死んだ名和宏は、第二部「仁義なき戦い・広島死闘篇」(1973年)で生き返り、今度は広島の村岡組の組長を演じた。ここでも、名和宏は貫禄を見せる。一年前に女衒を演じ、舌を噛み切られて悶絶死した人とは思えない。役者やのう、と感心する。

「仁義なき戦い・広島死闘篇」は、村岡組の山中(北小路欣也)がテキ屋の大友(千葉真一)の組との抗争で何人も殺して逮捕され、終身刑になるが脱走して再び大友組の組員を射殺し、最後は追い詰められて自決するというのが主たるストーリーだ。大友は村岡組長の戦争未亡人の姪(梶芽衣子)と愛し合い組長も認めるが、山中が終身刑になると村岡は手のひらを返して姪に再婚を勧める。そのときの名和宏のセリフが、僕の記憶にずっと残っている。「待つ、待つゆうて、ホンマに待ったモンはおらん」と、村岡組長は大人の言い方で姪を説得しようとするのだ。「仁義なき戦い」シリーズには名ゼリフがいっぱいあるが、これもそのひとつだと思う。

ところで、日活からキャリアをスタートさせた名和宏は、当初は二枚目役で主演作もあった。昭和三十一年(1956年)に公開された「地底の歌」という作品がある。原作は平林たい子。今や「平林たい子賞」まである純文学系の人だが、こんな小説を書いているとは知らなかった。主人公のやくざを演じたのが名和宏で、若いやくざの「ダイヤモンドの冬」を演じたのがデビューしたばかりの石原裕次郎だった。「地底の歌」は小林旭主演でリメイクされ、「関東無宿」(1963年)のタイトルで公開された。小林旭がやくざを斬ると、斬られたやくざはタタタッと走って障子を倒し、スクリーンいっぱい真赤になるシーンなどが注目され、鈴木清順監督の伝説のカルトムービーになった。「ダイヤモンドの冬」を演じたのは平田大三郎。六〇年代の日活映画をよく見ていた人は、顔が浮かんでくるはずだ。

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