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2018年7月26日 (木)

■映画と夜と音楽と…827 子供たちには夏が似合う



【夏の庭 The Friends/恐るべき子供たち】

●「夏の庭 The Friends」原作者の映画エッセイを見つけた

ひと月ほど前のこと、友人Tがやってきて「九割引で新刊が買えるからいってみないか?」と言う。僕は彼の言っている意味が飲み込めなかったけれど、ブックオフみたいなものかと思って付き合うことにした。Tが車で連れて行ってくれたのは、高松市の埋め立て地にあるM書店の大きなビルだった。近くには、教科書販売の取次会社の倉庫もあった。要するに、M書店は取次会社的な業務のために、その大きなビルを作ったらしい。繁華街からは離れているので、車でいくしかなさそうな場所である。一階を覗いてみると、品揃えは充実している。

目的の棚は三階にあった。二メートルほどの高さの棚が二十メートルほど続いている。それが五、六列もあっただろうか。すべて新刊であるという。要するに長く書店の棚に並んでいて、出版社に返本不可になったものが並んでいるらしい。ジャンルなどに分かれてはおらず、アトランダムに棚に収められているので、とにかく棚をずっと見ていくしかないとTは言う。彼はすでに何度か見にきて、掘り出し物を何冊か買ったことがあるのだ。僕も本の背表紙を見ていくのは好きだし、他に客はいなかったので、じっくりと掘り出し物を探し始めた。

確かに古い本ばかりだが、あらゆるジャンルの本があった。高価な全集本もあり、数千円が数百円で買えるので、思わず棚から抜き取ったりした。昔、ほしかった本もある。懐かしい本もあった。僕はいくつかチェックし、棚を全部見終わった後、改めてチェックした中から購入本を選ぼうと思った。すべての棚を見終わるまで一時間ほどかかっただろうか、これは買おうとすぐに取り出したのは、海野弘さんの「運命の女たち」「パリの女たち」の二冊だった。「やっぱり、あれを買おう」とチェックした棚に戻って手にしたのは、佐藤忠男さんの「映画で世界を愛せるか」と湯本香樹実さんの「ボーイズ・イン・ザ・シネマ」、それにTに勧められたスペインのミステリーだった。五冊買って、千円で数百円のお釣りがあった。

その本は安く買ったからというわけではないが、机の上に積んだままになっていた。海野さんの本はずいぶん読んだので内容も予測がつき、チビリチビリと読むつもりだったけれど、湯本さんの本は気になったままカバーの少年たちの写真を眺めたりしていた。湯本さんは相米慎ニ監督の「夏の庭 The Friends」(1994年)の原作者である。プロフィールを読むと、一九九二年に「夏の庭 The Friends」を発表し、第二十六回児童文学者協会新人賞と第二十二回自動文芸賞を受賞したらしい。「ボーイズ・イン・ザ・シネマ」がキネマ旬報社から出たのが一九九五年だから、二作目の小説「春のオルガン」を発表したばかりの頃だ。コラムは四十本、少年(少女も含むけれど)の出てくる映画が四十本選ばれている。

一回のコラムは千数百字の短文だが、さすがに小説家で自分の子供の頃の思い出を語り、余韻を感じさせるものばかりだった。東京音大出身でオペラやラジオドラマを執筆していたらしい。相米慎ニ演出・三枝茂彰音楽のオペラ「千の記憶の物語」の台本も手がけたという。音楽的才能があるせいか文章にもリズムがあって、鮮やかに情景が浮かんでくる描写力である。「夏の庭 The Friends」は原作は読んでいなかったが、読んでみたくなった。子供を描くことが多かった相米監督作品の中でも「夏の庭 The Friends」は強く記憶に残っている作品である。

●夏休みの少年たちは老人の姿に「死」を見ようとする

「夏の庭」は小学六年生のサッカー少年三人の視点で描かれる物語だった。彼らは「死」というものに興味を持ち、近所に住む老人の観察を始める。その老人(三國連太郎)の家は古く、井戸もある広い庭は荒れ放題である。最初、三人を追い払っていた老人は、やがて三人と交流を持つようになる。三人は庭をきれいにしようと働き始め、草を抜き、花の種をまき、水を撒く。家を片づけ、ペンキを塗る。そんな作業をしている合間に、老人の昔話を聞き始める。老人は、昔、結婚していた女性のことを話し、戦争にいったことを話す。戦争では、ジャングルでやむを得ず妊娠していた現地の女性を殺したと老人は言う。そんな話が、少年たちに「死」を教える。

少年たちは、老人の別れた妻を捜すことにする。やがて、それらしい人が見つかり、少年たちが老人ホームを訪ねると、その老女の部屋に担任の先生(戸田菜穂)がいる。老女は先生の祖母で、認知症をわずらっているらしい。先生は少年たちが話す老人が祖父ではないかと思い、老人の家を訪ねるが老人は否定する。やがて、老人に死が訪れる。少年たちは、そんな夏を経験して、人間の「生と死」について何かを学んだのだろう。この時期、相米監督は「お引っ越し」(1993年)で両親が離婚する少女(田畑智子)を描き、「夏の庭」で少年を描いた。どちらも、夏の光景の中で少年少女が鮮やかに生きていた。少年少女には、夏が似合う。

その「夏の庭」についても湯本さんはコラムに取り上げていた。「幼稚園から高校を卒業するまで、私はカトリックのミッションスクールで育った」と書き始め、磔刑のキリスト像を初めて見たときのショックを語り、相米監督とオペラを作っていた頃の思い出を想起する。それは「夏の庭」を書き始める以前のことだった。「二日酔いでぐったりと稽古場の椅子に座って目を閉じていた監督の顔が、私が幼いころに見ていたキリスト像にあまり似ているので、はっとしたことがある」という。それを読んで、僕は相米監督の顔を浮かべ、「なるほど、ルオーが描くキリストによく似ているな」と思った。

「セーラー服と機関銃」(1981年)の公開直前、僕は相米監督にインタビューしたことがある。約束の場所に相米監督は二日酔いで現れた。それは想定していたので別に驚かなかったが、足下は噂通りの下駄だった。髭は顔の下半分を覆っていたが、そんなに濃くないので髭もじゃの感じではなかった。頭髪はすでに薄くなっていて、少し禿げ上がっていたと思う。面長の顔に丸いメガネを掛けていた記憶がある。その相米監督を思い出すと、確かにキリスト像に似ていないでもない。ただし、こちらの質問にはひと言ボソリと答えるくらいで、インタビュアー泣かせの人ではあった。

さて、湯本さんのコラムを読むと、相米監督とのやりとりがあったから「夏の庭」が書けたのだという。「『夏の庭』は相米さんがいなかったら、決して書くことはなかったものなので、その相米さんがこんな映画を作ってくれて、ほんとうにうれしい」と湯本さんは書いている。

●姉の弟に対する気持ちを描き出した文章が印象に残った

僕は二歳年上の兄がいるだけなので、子供の頃から姉がほしかった。妹でもよかったのだが、できれば姉の方がよかった。そんな気持ちがあるからか、湯本さんのコラムの中で最も印象に残ったのは「恐るべき子供たち」(1950年)を取り上げたコラムだった。このコラムも鮮やかな光景から書き起こされる。小学五、六年の頃、夏休みに学校のプールへ弟とふたりで向かっていた湯本さんは、灰色の作業服の男にすれ違いざま、胸を鷲掴みにされる。一瞬のことなので、弟は気付かない。「声も出せないまま、私は歩き続け」たのだが、「おねえちゃん、どうしたの」と訊ねた弟を思いきりつねるのだ。「その夏はことあるごとに、弟を苛めた」という。

彼女は、一緒にいながら姉の危機に気付かず、守れなかった弟に八つ当たりしていたのかもしれない。しかし、弟は姉の「強くなれ」という要求を感じ取ったのか、「体を鍛える」ことに執着し始める。空手、合気道、その他いろいろと。それは、弟に守ってもらいたいという姉の願望だったのだろうか。やがて、大人なった今、「時折、どちらともなく、さしたる会話のテーマもなく、のんびりと一緒にお茶を飲んだり、クルマを走らせたり」するらしい。こういう関係は、姉と弟だからできることではないか、と少しうらやましくなった。少なくとも二歳違いの男の兄弟は、こういう関係にはならない。

「恐るべき子供たち」はジャン・コクトーの小説を、ジャン=ピエール・メルヴィルが映画化したものだ。メルヴィルにとっては、「海の沈黙」(1947年)に続く二作目である。描かれるのは、姉と弟の屈折した愛情関係である。ポールは病弱で、ある日、彼が好意を寄せる問題児の投げた雪玉を胸に受けて倒れ、別の友人ジェラールに付き添われて帰宅し、そのまま学校にはいけなくなってしまう。エリザベートはそんなポールを悪態をつきながらも看病し、彼が眠ると胸の鼓動を聞くように耳を当て、「モン・シェリー」とささやいたりする。しかし、ふたりは何かというと喧嘩ばかりしているし、罵りあっている。

やがて病気だった母が死に姉と弟だけになった家に、ジェラールとエリザベートのモデル仲間アガートが同居するようになる。エリザベートはユダヤ人の金持ちの青年と結婚するが、すぐに相手が自動車事故で死んで莫大な遺産と邸宅を相続する。その広い邸宅で、再びエリザベートとポール、ジェラールとアガートの共同生活が始まる。ポールはアガートに悪態ばかりをつくのだが、本当は彼女を愛している。ある夜、アガートもポールを愛しているとエリザベートに告白する。また、ポールもエリザベートにアガートに愛を告白した手紙を出したことを明かす。しかし、その手紙はエリザベートの手に落ち、アガートには渡らない。エリザベートは、アガートとジェラールを結びつけようとする。

後のジャン=ピエール・メルヴィル監督の作品群から見ると、「恐るべき子供たち」は異質な感じがする。処女作「海の沈黙」は、後のメルヴィル作品の萌芽を感じさせるものだったし、この作品の後は「賭博師ボブ」(1955年)「マンハッタンの二人の男」(1958年)と続くので、「恐るべき子供たち」だけが妙に目立つのである。ジャン・コクトーは自身の小説の映画化を誰にも許可しなかったそうだが、コクトー監督作品「オルフェ」(1949年)に出演したメルヴィルに特別に許可したという。結末は悲劇なのだけれど、ここに描かれた姉と弟の関係は、僕のように兄しかいない人間にはちょっとうらやましい気もする。

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