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2018年8月 2日 (木)

■映画と夜と音楽と…828 ペットと会話ができたなら



【HACHI 約束の犬/僕のワンダフル・ライフ/ドン松五郎の生活】

●いつの間にか僕の足下に二匹の猫がやってきて体をすりつけていた

早朝に散歩するようになって三年以上になる。毎朝、一時間近く歩いている。今のように暑いとますます朝が早くなり、五時半には家を出ている。散歩の楽しみは猫たちに出会うこと。人がまだ出ていないし、車の通行も少ないので、道の真ん中で猫が寝ころんでいたりする。高松では、近くの公園で毎朝、五匹の猫に会っていた。それから半径一キロくらいの圏内を歩くと、多いときで十匹ほどの猫に会う。公園の猫たちは慣れて近寄ってきたが、道で出会う猫たちは僕がしゃがみ込んで見つめると、じっと目を逸らさずに警戒して見つめ、僕が少し動くとサッと身を翻して逃げる。

高松では実家の両親が迷い込んできた猫を飼っていて、もう十年以上になる。子猫のときは白かったが、いつの間にか全身は薄茶色の毛になり、顔だけが真っ黒である。大阪に住んでいる姪は、たまにやってくると、猫を見て「盗人顔」と言っている。実家の二階には兄夫婦が住んでいるが、そこには十五年ほど生きているキジトラがいる。数年前にガンの手術をしたけれど、その後も元気で暮らしている。僕は公園で仲良くなった三毛がかわいくて、両親に「もう一匹飼わない?」と訊いてみたが拒否された。僕自身は三ヶ月周期くらいで実家と自宅をいったりきたりしているので、猫を飼うのは難しいからだ。仕方なく、七月中旬に猫たちに別れを告げ自宅に戻った。

自宅には娘が拾ってきたキジトラがいる。今年の秋で三年になるから、今は二歳と九ヶ月ほどだろうか。自宅に帰るたび、警戒して威嚇する。まったく忘れているのだろうか。自宅に帰った翌朝、散歩に出て、利根川沿いの畑の横に作られた猫たちの小屋の前に立った。「おーい、猫」と呼んでいると、いつの間にか僕の足下に二匹の猫がやってきて体をすりつけていた。もう二年前になるだろうか。その猫小屋を建てたリリー・フランキー似のおじさんが「捨て猫されちゃったよ」とぼやきながら、三匹の子猫の面倒を見ていた。その後、一匹は自動車事故で死に、雄と雌の二匹が残った。その一年ほど後、二匹の間に四匹の子猫が生まれた。その子猫たちも、もう一歳を過ぎている。六匹ともボランティアの人によって、片耳の先をカットされた桜猫(不妊手術済み)になった。

僕の足下に体をすりつけていたのは、二年前に初めて会ったときに人懐っこく僕に近寄ってきた手並みがフサフサの母猫と、四匹の子猫の中で最初に僕に懐いてくれたフサフサの茶色の毛をした子だった。フサフサの茶色の子は、僕を見つめてニャーと何かを訴えるように鳴く。「悪かったね。四ヶ月近く会いにこれなくて」と詫びた。その二匹の頭をなでていると、ニャオニャオと小さく声をあげながら畑を横切ってくるキジトラがいた。父猫である。家族を守るためか何度か怪我をして、今でも心なしか後ろ脚を少し引きずっている。父猫とも二年前からのなじみだ。寄ってきた父猫の頭をなでると、目を細めて気持ちよさそうにする。もう一匹、黒と白の斑猫が出てきたが、警戒して近寄ってはこない。それでも、少し離れたところから興味深そうに見つめていた。

●ラッセ・ハルストレム監督はきっと犬好きなのに違いない

散歩していると、多くの犬を連れた人に出会う。一回の散歩で十人はいるだろうか。大きな犬から小さな室内犬まで、様々な犬種の犬を連れて散歩させている。僕は雨の日でも散歩に出るが、彼らも休むことなく犬にレインコートを着させたりして散歩している。先日会った老夫婦は、夫が大きなコリーを一頭連れ、妻が同じような大きなコリーを二頭連れていた。三頭も飼っているらしい。よほどの犬好きなのだろうか。僕自身は犬が苦手だった。三十半ばの頃、夜、ジョギングしていて放し飼いにしていた犬に出会い、飛びつかれて太股を噛まれたことがあり、さらに苦手になった。その僕が、散歩の途中でかわいい犬に出会うと、思わず手を振ったりしている。猫が好きになって、ペットに対する気持ちがわかったのだろう。

スウェーデン出身のラッセ・ハルストレム監督は、きっと犬好きなのに違いないと、「僕のワンダフル・ライフ」(2016年)を見て確信した。何しろ「HACHI 約束の犬」(2008年)を作った人でもある。世界的に評価されるきっかけになったスウェーデン時代の作品も「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」(1985年)である。「犬のような僕の人生」というタイトルを持つこの作品は、主人公の少年が「ひとりぼっちで宇宙船の中で死んでいったライカ犬より僕はまし」と、自らの不幸を慰める物語である。主人公は愛犬と別れて、田舎で暮らすことになる。そこで、女になりたくないボクシング好きの少女サガと出会うのだが、少年と少女の交流が印象深く描かれる。日本で公開されたのは、三十年前のことだった。

その後、ラッセ・ハルストレム監督はハリウッドに渡り、ジョニー・デップ主演で「ギルバート・グレイプ」(1993年)を撮る。その作品で高いところに登りたがる、知的障害のある弟を演じたレオナルド・ディカプリオがアカデミー助演男優賞にノミネートされたが、まだ日本での知名度はほとんどなかった。その後、日本でホンダのCMにディカプリオが起用され、当時、広告専門誌「コマーシャル・フォト」という月刊誌編集部にいた僕は、そのCMについて制作会社のプロデューサーに取材したことがある。僕がディカプリオの名前を挙げて質問すると、プロデューサーは「よく知ってますね」と驚いた。CMに起用したのに、知名度はあまり期待していなかったのだろうか。「タイタニック」(1997年)に出る前のことだった。

ラッセ・ハルストレム監督は「サイダーハウス・ルール」(1999年)や「シッピング・ニュース」(2001年)など、シリアス・ドラマの秀作を作っていて、僕は全作品踏破をめざすほど好きな作家だった。しかし、「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」(2006年)あたりから、作品に笑える要素が増え始める。そして、「HACHI 約束の犬」では、ほのぼのとした雰囲気を前編に漂わせるのだ。もちろん、これは忠犬ハチ公の物語をアメリカの地方の町に移して描いた作品だった。日本からアメリカへ送られてきた秋田犬の子犬を大学教授のパーカー(リチャード・ギア)が育てることになる。ハチは毎朝、教授を見送り、夕方には駅に迎えにくる。

最近のラッセ・ハルストレム作品はファンタジーの要素が強くなっている気がする。砂漠に水を引いて池を作り、サーモンを放流し釣りがしたいというイエメンの大富豪の夢を実現するために奮闘する水産学者(ユアン・マクレガー)の物語「砂漠でサーモン・フィッシング」(2011年)は見ていてとても楽しかったし、インド料理店をフランスの地方の町で開いたインド人の移民一家と、その料理店の向かいでミシュランのひとつ星を獲得しているフレンチ・レストランのオーナーであるマダム・マロリー(ヘレン・ミレン)との戦いを描いた「マダム・マロリーと魔法のスパイス」(2014年)も、見終わって心がほのぼのする作品だった。もっとも、その二本の間にミステリ作品を二本撮ってはいるのだけれど----。

●犬の視点で物語を語るのはうまい手だが日本にも先例はある

「僕のワンダフル・ライフ」は「ワン」に犬である意味を込めた邦題だが、そのセンスはちょっとなあ、という感じである。原題は「犬の(生きる)目的」という意味だ。ナレーションは犬の一人称である。彼は冒頭で「犬が生きる目的は何?」という疑問を投げかける。彼は犬として輪廻転生を繰り返し、子犬のときに助けてもらった少年イーサンに飼われることになる。ベイリーと名付けられた犬は、イーサンと空気の抜けたフットボールで遊ぶのが好きだった。イーサンは成長し、ハイスクールではアメリカン・フットボールのスター選手になる。クォーターバックとして活躍し、有名大学から奨学金付きで誘いもある。しかし、父は仕事に失敗し、酒浸りになっている。

ある日、カーニバルでイーサンはハンナという少女を見初めるが声をかけられない。ベイリーはハンナのスカートに飛び込み、ふたりが話をするきっかけを作る。イーサンとハンナは恋人になるが、イーサンを妬む同級生の悪戯から自宅が火事になり、イーサンは足に怪我をして大学をあきらめざるを得なくなる。失意のイーサンは世をすね、ハンナとも別れてしまう。農業学校に入り祖父の農園を継ぐことにするが、イーサンと別れている間にベイリーは病気になり、そのまま死んでしまう。しかし、転生したベイリーは雌のシェパードに生まれ変わり、警察犬エリーとして活躍することになる。しかし、相棒の警官を助けるために犯人に飛びかかったエリーは撃たれて死ぬ。そして、また生まれ変わり、初老になったハンナと再会する。

原作はベストセラーになった「野良犬トビーの愛すべき転生」だという。昔、「ドッグイヤー」という言葉が流行った。「IT業界はドッグイヤーだ」といった使い方である。犬の一年は人間の六年に相当する。つまり六倍のスピードで過ぎていくのだ。それほど変化が早いという意味で使われていた。つまり、十五年生きた犬は、人間で言えば九十歳に相当する。僕は二十年生きた猫を知っているので、猫の方が寿命が長いのかもしれない。ただし、野良猫の平均寿命はニ、三年で、多くが生まれて間もなく死んでしまうらしい。室内で健康に気をつけて飼えば、二十年生きることもあるそうだ。

孤独に四十年を生きてきたイーサンを演じるのは、デニス・クエイドである。一九五四年生まれで、僕よりは若い。僕が初めて彼を見たのは、ピーター・イエーツ監督の「ヤング・セネレーション」(1979年)だった。自転車レースに夢中の主人公、その仲間の青年を演じていた。デニス・クエイドが注目されたのは、宇宙飛行士たちを描いた「ライト・スタッフ」(1983年)だった。三十五年前である。その後、コンスタントに映画に出演し、一時はメグ・ライアンと結婚していたこともある。年を重ね、顔の皺が増え、渋い役をやるようになり、いい歳の取り方をしてきたと思う。孤独で世の中をすねて生きてきたイーサンの屈折を表現し、四十年ぶりに訪ねてきたハンナに戸惑う姿が初々しい。

犬の視点で物語を語るのはうまい手だと思うけれど、日本にも先例はある。もちろん、夏目漱石の「吾輩は猫である」が嚆矢だとは思うけれど、あれは猫である。犬が語る物語としては、井上ひさし版「吾輩は犬である」とも言うべき「ドン松五郎の生活」がある。原作が朝日新聞で連載されていたと記憶している。僕は本が出たときに一気に読んだ。読み出したらやめられなかった。その後、「ドン松五郎の生活」(1986年)と「ドン松五郎の大冒険」(1987年)として映画化された。さらに、十五年も経って「ドン松五郎の生活 大追跡」(1992年)が公開されたくらいだから人気があったのだろう。「吾輩は犬である ドン松五郎の生活」(1983年)のタイトルでテレビ・アニメーションとしても放映された。人はペットが人間の言葉を理解している---と夢想するのだろう。

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