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2018年8月 9日 (木)

■映画と夜と音楽と…829 灯台のある風景



【灯台守の恋/光をくれた人】

●叔父の病室に灯台の写真が貼られていた

今年の春、亡くなる数日前の叔父を両親と一緒に見舞ったとき、病室の壁に貼ってある灯台の写真に気付いた。A4サイズのデジタルプリントで、桟橋の突端に立つ赤い灯台が写っていた。従兄弟によると、叔父がタイルを貼った灯台で、その仕事を叔父は誇りにしていたという。

従兄弟が叔父からその話を聞いたのはつい最近のことで、家族揃って灯台を見にいき写真を撮ってきたのだ。叔父は入院してから、しきりに昔の仕事のことばかりを口にしたらしい。その中で、昔、灯台の外壁にタイルを貼ったばかりのときに台風がきて、翌日に見にいくと高波ですべて剥がれ落ちていたときは力が抜けたという話をした。二度、タイルを貼ったのだ。

僕の父は戦後、タイル職人になり、僕が生まれる頃には何人かの職人を使うようになっていた。父は、ふたりの弟を雇いタイル職人にした。僕が大学を出た後、五十代で父はタイル職人を辞めてしまったが、弟たち(僕にとっては叔父たち)はふたりともタイル職人として生涯を終えた。

父よりひとまわり下の叔父は今年の春に亡くなったのだが、香川県内の灯台の仕事をいくつか手がけた。最近、新築の仕事ではタイル貼りの需要は少なかったようだが、昔の建築物のメンテナンスの仕事は多かった。昔は台所や風呂場、トイレや洗面所などはタイル貼りだった。父も高松市内の老舗旅館の浴室のタイルを貼ったことを懐かしそうに話す。

叔父がタイルを貼った灯台は、高松港にある有名な「赤灯台」ではなく、別の港にある赤く塗られた灯台だった。高松港の赤灯台は、僕も子供の頃からよく見たものだ。昔の赤灯台は、小林旭の「渡り鳥故郷へ帰る」(1962年)の冒頭に写っている。主人公がフェリーで高松港へ帰ってくるシーンがタイトルバックになっているからだ。

現在、高松港のあたりは「サンポート高松」と名付けられ、赤灯台まで続くウッドデッキができており、散歩コースとして人気がある。埋め立ててできた公園には「瀬戸内芸術祭」で作られたオブジェなどが置かれている。

叔父が亡くなったひと月ほど後、高松駅に出たついでに赤灯台までのウッドデッキを歩いてみた。かなり長いコースだが、散歩やジョギングをしている人が多い。中には釣り糸を垂れている人もいる。岸壁からかなり突き出す形になっているので、けっこう水深はありそうだ。

赤灯台は見えているのだが、なかなか近づかない。途中で引き返そうかと思うくらい遠い。それでも何とかたどり着き、灯台をまわって帰途についた。ふっと、今、有人の灯台はどれくらいあるのだろうか、という疑問が浮かんだ。点灯や消灯もセンサーを使って、自動的にコントロールされているのではあるまいか。

灯台守という仕事があるのだと知ったのは、小学生のときに「映画教室」で「喜びも悲しみも幾年月」(1957年)を見たからだった。いや、映画を見る前に「おっいら岬の~灯台守は~」という主題歌をラジオで何度も聴いていたからかもしれない。映画も主題歌も大ヒットし、木下恵介監督は同工異曲の「二人で歩いた幾春秋」(1962年)、「新・喜びも悲しみも幾年月」(1986年)を作る。

「喜びも悲しみも幾年月」の中で佐田啓二と高峰秀子が演じる夫婦は、日本中の灯台に赴任する。瀬戸内海の島の灯台にもやってくるのだが、確か男木島だったと記憶している。木下恵介監督は小豆島を舞台にした「二十四の瞳」(1954年)も撮っていて、昔の高松港が写っていた。

●船を守るために灯台の光は絶やせない

灯台守に憧れる気持ちは、昔からある。いや、灯台そのものが好きなのかもしれない。「ナイトホークス」という深夜のダイナーの絵で有名なアメリカの画家エドワード・ホッパーは、灯台のある風景を好んで描いた。岬の突端にすっくと立つ灯台である。ホッパーの作品はすべて好きだが、とりわけ灯台の絵には惹かれるものがある。

「天国の日々」(1978年)は、ホッパーの絵に影響を受けたような画面作りだったが、他にもいくつかホッパーの絵のようなシーンが出てくる映画があった。岬が映り灯台が出てくると、それだけでホッパーの絵を連想してしまうのかもしれない。

十数年前に見た「灯台守の恋」(2004年)が印象に残っているのは、きっと灯台のある風景が気に入っているからだ。ケルン人が多く住むフランスの島。もしかしたら、ジャック・ヒギンズが冒険小説の舞台にした島かもしれない。灯台へ渡るのも大変な荒れる海。灯台の描写が細やかだ。灯台マニア(?)が喜びそうなシーンが続く。

灯台守のリーダーは、職人肌の頑固者だ。仕事には厳しい。そこへ、余所者の若者がやってくる。アルジェリア戦争で心の傷を負ったのかもしれない。青年は、灯台守という孤独な仕事に就く。やがて、彼はリーダーの妻に惹かれていく。

ファーストシーン。成長した娘が故郷に帰り一冊の本を見つけて読み始め、それが自分の父母とひとりの青年を巡る物語であることを知る。彼女は母と青年の秘めた恋を知り、自分の父親が筆者である若い青年だったかもしれないと思う。

物語は、子供たちが母の遺品から秘められた母の恋を知る「マディソン郡の橋」に似ているが、「マディソン郡の橋」を読んで最も僕の印象に残った人物が「おまえには、おまえの人生があったのだろうが----」と言って死んでいくヒロインの夫であったように、「灯台守の恋」でも魅力的な人物は灯台守のリーダーだった。

彼は自分の妻と青年の不倫を知りながら、産まれた子が自分の子ではないと知りながら何も言わず、妻を愛し、子供を育てる。彼は船の安全のために、灯台を守り続ける。それが仕事であり、自分の使命であることを強く感じているからだ。無愛想で、ぶっきらぼうで、妻に愛情を示すこともない。妻が、都会の匂いをさせる知的な青年に惹かれても、それを許容する男である。村中が彼を「寝取られ男」と揶揄しても、耐えられる男である。

灯台を守ることが、彼の仕事なのだ。仕事でミスをすれば、船を危険にさらすことになると知っている。仕事に対しては完璧を求め、厳しく対処する。それを成人した娘は知ることになる。彼女は何を思ったのだろう。本当の父かもしれない本の作家を偲んだのか。あるいは、何も言わず自分を育ててくれた武骨な父の心を想像したのだろうか。

●光を放つふたりが共演した「光をくれた人」

第一次大戦で深く精神的に傷ついたトム(マイケル・ファスベンダー)も、オーストラリアの孤島の灯台守の仕事に就く。近くの港からでも百数十キロ離れた孤島である。「光をくれた人」(2016年)の原題は「THE LIGHT BETWEEN OCEANS」だから、灯台そのものの意味と、抽象的な意味のダブルミーニングのようだ。

邦題は孤独なトムの心に光を灯したイザベル(アリシア・ヴィカンダー)を意味していると僕は受け取った。近くの港町でトムは兄ふたりを戦争で亡くしたイザベルと出会い、彼女によって心の傷を癒していく。美しく、知的なアリシア・ヴィカンダーが魅力的だ。

孤島の生活が魅力的に描かれる。最初、トムひとりで住んでいるときも、イザベルと結婚しふたりで暮らしているときも、孤絶した生活がうらやましく見える。灯台があり、小さな家がある。畑を耕し、野菜を作る。ときどき、生活物資を届けてくれる小さな船が寄る。その船長に日々の報告を記した日誌を託す。灯台を守り、船の安全を祈る。

やがて、イザベルが妊娠するが、流産し、島に小さな墓ができる。イザベルは、二度目の妊娠をする。しかし、ある日、イザベルは早産の気配を感じる。その妻を前にして、トムは「僕は何をしたらいい?」と戸惑うだけだ。医者には連れていけず、誰にも救いを求められない孤島なのである。イザベルは「この子を救って」と叫ぶ。

このシーンで、僕は少し息苦しくなった。トムが「僕は、何をしたらいい?」と言うしかできない気持ちが手に取るようにわかった。四十年前の僕がそうだった。二十代半ば、夜に妻が苦しみ始めた。僕は戸惑い、青梅街道に出てタクシーを拾い、アパートに戻り、妻を乗せて病院へ向かった。考えてみれば、僕らが住んでいたアパートは、杉並消防署の裏だったのだから救急車を呼んだ方が早かったのかもしれない。

しかし、あれは最初の流産のときだったのだろうか。あるいは、二度目のときだったのだろうか。記憶が重なっている。三度流産した妻は、子供はできないとあきらめた。ところが、結婚して七年を過ぎ、長男が生まれた。しかし、あのまま子供を持てなかったらどうしたろうと、「光をくれた人」を見ながら僕は考えていた。

ふたりめの子を死産したトムとイザベルは、ある日、ボートに乗った男と赤ん坊が流れ着いたのを見つける。男はすでに死んでいた。イザベルは赤ん坊を手放せなくなる。報告しなければいけないと言うトムを説得し、イザベルは赤ん坊を育てる。トムも幸せを感じる。しかし、トムは後ろめたさを拭えない。

ルーシーと名付けた娘が二歳になり、洗礼を受けさせるために町の教会にいったとき、トムは墓地にたたずむ女性(レイチェル・ワイズ)を見かけ、その墓碑銘を見る。そこには海に出て行方不明になった夫と、生まれたばかりの赤ん坊の名前が書かれていた。トムは彼女に「あなたの夫は神に召されたが、赤ん坊は愛されて育っている」という匿名の手紙を出す。しかし、それはイザベルから娘を奪うことになる。

「光をくれた人」が僕の心に深く残ったのは、四十年前の自分の経験を呼び覚まされたこともあるが、灯台のある孤島が舞台になっていたからだ。幸せそうに暮らす、流産をする前のふたりの姿が記憶に刻まれた。それらのシーンだけが、明るく輝くように描かれていたからかもしれない。

マイケル・ファスベンダーとアリシア・ヴィカンダーは、本当に輝いていた。彼らは、この作品で共演し、恋に落ち、結婚した。「キー・ラーゴ」(1948年)のハンフリー・ボガートとローレン・バコール(ボギーの子を宿していた)が特別の輝きを放つように、彼らは光を放っている。そのふたりの背景には、灯台がすっくと立っていた。

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