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2018年8月27日 (月)

●天皇への密使・第一章その3

■現在、六巻目の「映画がなければ生きていけない2016-2018」の出版準備中で、「映画と夜と音楽と----」は、当面、休載します。代わりに冒険小説「天皇への密使」を連載中。400字詰め原稿用紙で500枚ほどなので、週2回の更新を予定しています。1945年(昭和20年)夏の物語です。実在の人物が多く登場しますが、すべてフィクションです。

●天皇への密使・第一章その3

■1945年 7月31日 ポツダム
 ひと月ほど前に第四十九代アメリカ合衆国国務長官に就任したばかりのジェームズ・バーンズは、スターリンに対して苛立っていた。あの口ひげの小男は、肚の底が読めなかった。ドイツ降伏後の戦後処理についても約束を守らず、占領地区を次々に共産化している。ドイツもソ連に分割占領され、ここポツダムはソ連の占領地区だ。ソ連兵は規律の乱れがひどく、略奪とレイプは日常的に行われていた。さすがに、ドイツ降伏後は住民虐殺は行われていないようだが----。
 バーンズは、ソ連軍がベルリンに向かって進軍した時の蛮行については、詳しく聞いていた。「ドイツに復讐を」と煽ったのは、スターリン自身の方針だったという話だ。おまけに、今度は対日参戦である。ポツダムでの会談の初日、スターリンは「約束通り、ドイツ降伏後三ヶ月以内に日本に対して宣戦布告する」とトルーマン大統領に告げた。
 約束? あの偉大な大統領FDR(フランクリ・デラノ・ルーズヴェルト)との密約のことか。だが、半年も前のヤルタでの約束だ。ルーズヴェルトが死んで、三ヶ月以上になる。今更、ヤルタでの密約など持ち出されても、バーンズは迷惑なだけだった。状況は一変した。今のアメリカには、原子爆弾がある。ソ連の火事場泥棒のような対日参戦など必要ない。
 さらに、スターリンが「日本がソ連に和平の仲介を依頼してきた」と、得意げに話したのも気に入らなかった。日本はコノエという貴族に天皇の親書を託し、ソ連に送りたいと言ってきたという。まるで、「アメリカのために、日本をじらしてやっているのだ」と言わんばかりだった。
 苛立つのは、スターリンばかりではない。合衆国内部にいるエリートの知日派たちだ。特にジョセフ・グルー。駐日アメリカ大使として十年、ジャップの国にいたことを自慢げに話すエリート面が気に入らない。やつはボストンの名家に生まれ、ハーヴァードを出ている。確か、モルガン一族とも縁戚だったのではないか。
 グルーは、何とか原子爆弾を使用せずに日本を降伏させたいと画策している。スイスで日本の駐在武官が終戦工作のために、情報機関チーフのアレン・ダレスと接触した情報も入ってきたが、その背後にはグルーがいるらしい。やつの狙いはわかっている。アメリカの財界をバックにする合衆国エリートたちは、戦後の日本を巨大なマーケットと見ているのだ。おまけに、グルーは日本の政財界とも太いパイプを持っている。
 サウスカロライナの貧しい母子家庭に生まれ、独学で法律を学んで這い上がってきた叩き上げの政治家であるバーンズは、やはり名門の出でイエールに学んだスティムソンのような、銀の匙をくわえて生まれてきたエスタブリッシュメントたちには反感しか感じなかった。
 おまけに、やつらはジャップにチャンスを与えようとしている。完成した原子爆弾は使わなければ意味がない。その威力を見せつけなければ、戦後のソ連を抑えられないだろう。懐に原子爆弾を持っていれば、どんな外交交渉だって有利に働く。あのスターリンに吠え面をかかせることだってできるのだ。その時、ドアがノックされた。返事をすると、随行している通信兵が入ってきた。
「長官あてに、暗号文書が届いています」
 バーンズは「他見無用」とある文書を受け取り、通信兵は部屋を出ていった。
〈菊をめざし鶴は飛びたった〉
 それだけで、バーンズにはすべてが理解できた。ポツダムからひと足早く帰国したスティムソンが、グルーと会ったのだ。この一ヶ月、グルーは密かに準備していた。計画には海軍と陸軍の協力が必要だが、海軍長官も陸軍長官もグルーの仲間だ。それに、海軍情報部が密接にかかわっている。でなければ、グルーの計画は実現しない。密使を硫黄島まで軍用機で運び、潜水艦で送り、日本のどこかに上陸させる。
 グルーの画策は、逐一、バーンズに報告が入っていた。ジャック・シモンズ。彼は国務省の役人だ。グルーが信頼する補佐官だとしても、最終的には国務長官であるバーンズに忠誠を誓う存在である。おまけに口には出さないが、シモンズはジャップ嫌いだ。三歳下の弟がサイパンで、「天皇陛下バンザイ」を叫んで突撃してくる気が狂ったジャップども相手に戦死した。好きになれるわけがない。
 グルーは、そんな狂信的な兵士たちが崇拝し、彼らに死を怖れさせない存在である天皇を許せと言う。国体護持を保証すれば、ジャップは降伏すると断言する。わかるものか。原子爆弾で日本を破壊し、ヒロヒトは裁判にかける。そうしなければ、アメリカ国民は納得しない。だから、ジャップを原子爆弾投下前に降伏させてはならない。グルーの天皇への密使は、ミッションを果たしてはいけないのだ。
 グルーの密使は、クレイジーな国に潜入する。命を落とす確率は高い。彼はアメリカ軍兵士だとしても、ジャップの血を引く人間だ。本人も覚悟しているだろう。それに、手を下すのは日本の憲兵隊になるはずだ。アメリカ合衆国のために、グルーの企みは阻止しなければならない。バーンズは、これから自分が行うことを正当化するように、そう言い聞かせた。

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