« ●天皇への密使・第二章その6 | トップページ | ●天皇への密使・第二章その8 »

2018年10月 1日 (月)

●天皇への密使・第二章その7

現在、六巻目の「映画がなければ生きていけない2016-2018」出版準備中で「映画と夜と音楽と----」は休載し、冒険小説「天皇への密使」を連載中です。実在の人物が多く登場しますが、すべてフィクションです。

●天皇への密使・第二章その7

■1945年8月3日 14:00  横浜・日吉
 瀬川は、軍令部第四部九課の部屋に入った。九課は通信を担当し、十課は暗号を担当している。瀬川は三年前から、通信関係の部署で海外放送の受信と分析、国内からの対米宣伝放送を担当していた。英語力を売り込んで、軍令部に軍属として潜入したのだ。以来、任務には真剣に取り組み、信頼を得ていた。
「瀬川、待っていた」
 そう声をかけてきたのは、中田中佐だった。軍令部に配属される軍人はエリートばかりだが、中田中佐も生粋の日本海軍の生え抜きだった。年齢は四十半ば、日焼けした顔が精悍さを感じさせる。気さくな人物で、中佐という階級を意識させないところがあった。
「ポツダム宣言が出てから、日本語放送でも宣言の内容を補足するような内容がしきりに流されているし、サンフランシスコ放送の英語放送でもポツダム宣言について放送されている。当然、我々が聴いているのが前提だ。その英語の表現で、どう解釈すべきか不明なところがある。早急に見てほしい」
 中田中佐は、数枚の書類を差し出した。英語放送をタイプさせたものらしい。しかし、聞き取って起こしたものだから、よく間違いがあった。スペルの間違いなら予測はついたが、時々、意味不明な文章がある。何度も読み返し、推測する。しかし、瀬川も英語を母国語として育ったわけではない。自信がないまま報告することもあった。
 瀬川は書類を受け取り、自分の机に向かった。書類を机の上に広げる。中田中佐は、ポツダム宣言の第二項のラスト・センテンスにアンダーラインを引いていた。「until she ceases to resist」の部分だ。それは、「日本が抵抗をやめるまで」と訳される。それ以外の意味のニュアンスはない。
 しかし、サンフランシスコ放送では「until her unconditional capitulation」という言葉が使われていた。「日本の無条件降伏まで」と訳すべきかもしれない。だが、「capitulation」には、「条件付き降伏」との意味があるのではなかったか。「無条件降伏」だとすると、「unconditional surrender」ではないのだろうか。
 また、放送された文章全体を読むと、「日本国に無条件降伏を求めているのではなく、軍に対する無条件降伏の要求である」という意味に読みとれる。確かにポツダム宣言にも、そのようなフレーズがあった。軍人にとって最も恥ずべきなのは、無条件降伏だ。特に、陸軍がそれを受け入れるとは思えない。万が一降伏したとしても、武装解除は自ら行いたいと条件を付けるだろう。
 瀬川は文書を手にして、中田中佐の机の横に立った。「中佐殿」と声をかける。中田は堅苦しいことが嫌いなのか、軍人の部下にも敬礼をさせなかった。まして、軍属の瀬川が直立不動で敬礼する必要はない。中田中佐が顔を上げた。
「英語放送では、無条件降伏という言葉が出てきますが----」
「そこなんだ。以前からルーズヴェルトは、『日本の唯一の選択肢は無条件降伏』と言い続けてきた。トルーマンになっても同じだ。公式の発言では、『ドイツと同じく無条件降伏』と言っている」
「しかし、ポツダム宣言では『ceases to resist』、つまり、『抵抗の終了』です。我が国が抵抗をやめるまで、という意味で受け取る以外に解釈はありません」
「そうだな」
「しかし、『unconditional capitulation』だと、直訳すれば『条件付きではない、条件付きの降伏』という奇妙なものになります。オックスフォードの英語辞典に当たってみましたが、『capitulation』の意味として、『surrender on terms』と出ています。つまり『条件に基づく降伏』という意味です。条件は複数形になっています。ポツダム宣言は正式には『Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender』ですから、『日本の降伏への条件を定義する公式宣言』という意味だと思います。ここでは、『surrender』という単語を使っています」
「何だか、ますますややこしくなってきたな」
「ポツダム宣言十三項にある『the unconditional surrender of all japanese armed forces』は、『すべての日本国軍隊の無条件降伏』と訳せます。つまり、軍隊の無条件降伏は求めるが、日本国に無条件降伏を求めているのではない、ということです。英語放送では、そこが強調されています。しかし、『unconditional capitulation』という言葉のニュアンスは不明です」
 中田中佐は腕を組んで、じっと目の前の文書に目を落としていた。やがて、目を上げると瀬川を見つめた。
「実は、公表しない決まりだったのだが、情報担当の第三部の米国課に日系二世の少尉がいる。英語を母国語として育った。米国の社会や生活に精通しているから、米国情報の分析官として活躍している。彼に確認をしてみるか。ここで間違った解釈をすると、大変なことになる」
 まさか、と瀬川は思った。三年近くも軍令部にいて、まったく知らなかった。もっとも、第三部は一年半前に日吉に移っていたし、第四部がここに移ってきたのは、五月末の空襲で霞が関の赤レンガが焼けたからだ。軍令部では、情報の遺漏が最大の問題とされる。他部署の課員との情報交換も、厳しく監視されている。特に軍属については、担当の仕事以外の情報は得にくかった。それでも、瀬川は様々な情報を探ってきたのだ。しかし、五課のその人物については、噂さえ耳にしたことはなかった。
「その少尉は、もしかしたら交換船で?」
「第二次交換船だ。日系人収容所で反乱を起こし、反米的だとして強制送還された」
「名前は、何といいますか?」
「今は、菅野丈太郎だ」
 瀬川は驚きを顔に出すまいと、懸命に奥歯を噛みしめた。

■1945年8月3日 14:30 東京・本郷
 鈴木貫太郎首相の私邸は、本郷丸山町にあった。吉田茂は、その鈴木邸に向かっていた。途中、新宿駅から麻生鉱業に電話をし、省線の飯田橋駅まで別の電気自動車をまわしてもらった。真夏の太陽にジリジリと灼かれながら歩くことなど考えられなかった。そして、今、吉田は後部座席に座り、鈴木邸が近づいてくるのを見ていた。
 突然の訪問だから、鈴木首相が在宅かどうかわからない。しかし、今、緊急に参内し陛下に謁見できるとしたら、鈴木首相をおいて他にはいない。首相が不在なら、帰るまで待つまでだと吉田は決めていた。鈴木首相は、ここに至っても終戦か戦争継続かの態度を明確にしていないが、それは陸海軍の軍人たちの動きを警戒しているからだと吉田にはわかっていた。終戦を急げば、軍のクーデターが起きる怖れがあった。
 鈴木首相は、ポツダム宣言についても拒否か受諾かをはっきりさせず静観の姿勢を見せたが、その対応が新聞には「ポツダム宣言黙殺」と出た。それによって、軍部も改めて強硬姿勢を見せている。新聞の見出しには、「笑止」という文字が踊る。本土決戦を高らかに謳っている。
 鈴木首相が最も怖れているのは軍のクーデターであり、軍部主導の内閣ができることである。そうなれば、さらに終戦は遠のき、本土決戦によって国は滅ぶ。二・二六事件で四発も銃弾を浴びた鈴木首相だからこそ、今、終戦を明確に打ち出すことの危険を熟知している。無為に思える時間が、実は必要なのだ。しかし、もうそんなことを言っている余裕はない。一日延ばせば、日本の破滅がそれだけ近づいてくる。
 訪問客が吉田だとわかると、家人があわてた様子で出てきた。門が開き、玄関へと案内される。幸い、鈴木首相は在宅だった。応接間に通された吉田は、鈴木首相をどう説得するかと思案した。自説を前面に出さず、相手の意見によってのらりくらりと反応する、ある意味では老獪な人物である。吉田が首筋に浮いた汗をハンカチで拭っていると、作務衣のような軽装で鈴木首相が現れた。今日は閣議はないらしい。
「どうしました? 突然に」と、ゆっくりとした口調で首相が言った。
「お耳に入れたいことがあるのと、加えて、お願いがあります」
 鈴木首相は、首を傾げて吉田をじっと見ている。そう言えば、この人は耳が遠かったな、と思い出し、もう一度繰り返そうとした時、鈴木首相が口を開いた。
「何でしょうかな?」
「閣下は、グルー大使はご存じですな」
 その名前を聞いても、鈴木首相はすぐには反応しなかった。ジロリと吉田を見て、しわの多い顔に不審な表情を見せる。どう返答すればいいのかを考えているのかもしれない。
「警戒なさるのは、当然でしょうな」と、吉田は言った。
「いやいや、警戒しているわけではありません。久しぶりに懐かしい名前を聞いたものでしてな。グルー大使----、そう、よく知っておりますよ。親しくしておりました」
「二・二六の前夜、アメリカ大使館の晩餐会にいらしたとか」
「そうです。そうです。夕食後にハリウッド作品を見て、帰宅したのは十一時を過ぎておりました」
「そのグルー大使から、密使がきました」
 吉田は、一気に口にした。衝撃を与えたかったのだ。人は驚くと、無防備になる。本心が見える。しかし、老首相は吉田を上まわる老獪さだった。表情には特別な反応はなく、じっと吉田の次の言葉を待っている。狸おやじめ、と吉田は思った。耳が遠いというのも、どこまで本当かわからない。聞きたくない内容の時に、勝手に耳が遠くなるのではないのか。
「私も信じられませんでした。密使を送ってきたとは。その密使は、どう見ても日本人だったし。しかしですねえ、グルー大使と私しか知らないことを、いくつか知っておりました。それが、グルー大使が密使に与えた証明書だったのです」
「間違いないのですな」
 鈴木首相の目が光を放った。やはり海軍大将まで務めた軍人である。芯に厳しいものを感じさせた。
「なさそうです」
「それで----」
「グルー大使は、おそらくワシントンで苦慮しているのだと思います。我が国に無条件降伏しか認めないという強硬派に対して、我が国をよく知るグルー大使は何らかの条件を認めさせようとしているのではないか。そのために、密使は陛下への親書と新型爆弾の爆破実験の記録フィルムを携えております。私も見てはおりませんが、見れば説得力があるのかもしれません」
「新型爆弾?」
「アトミック・ボム、原子爆弾と言っております。驚異的な破壊力を持つもので、爆破実験の記録映像を見ると、その威力がわかるそうです」
「原子爆弾ですと?」
「ええ、そう言っていました」
「知っています。だが、本当ですか。米国は原子爆弾を開発したのですか?」
「その男の話では----」
「つまり、警告ですか?」
「そうでしょう。降伏しないと、それを使用するという」
 初めて鈴木首相の表情が沈んだ。
「それで、親書の内容は?」
「密使の言葉によると、要点は三つ。天皇をいただく立憲君主制を保証する。新型爆弾を使用する用意がある。そして、ソ連が参戦する。それを明示し、陛下にポツダム宣言受諾をご決断いただきたいという内容でしょうな。強硬な軍部を抑えるには、陛下のご聖断を仰ぐしかないとグルー大使も分析したのでは----」
「やはり、ソ連参戦がきましたか」と、鈴木首相はつぶやいた。
「そうです。この情報は、米国の謀略ではないと思います。ソ連参戦は予測できたことです。すでに時間の問題ですぞ」
 突然、鈴木首相は途方に暮れた顔をした。
「陸軍を背負った阿南陸相と梅津参謀総長は、ポツダム宣言受諾に対して強硬に反対しております。まだ、国内にいる三百万の兵士は、本土決戦に向けて準備しておると----。彼らをあきらめさせるには陛下のご出席を願わねば、と考えてはおりましたが」
「親書と爆破実験の映像は、密使が持参します。それを、陛下にお渡しいただくことはできませんか。中を見れば、間違いなくグルー大使の親書だとわかるようになっていると思いますが----」
「口頭だけでは、敵の謀略、分断工作だと言われるかもしれません。そうなると、反論できませんな。親書が間違いなくグルー大使のものだとわかれば、陛下は信用なさるでしょう。そうすれば、一気にご聖断を仰ぎ、ポツダム宣言受諾という流れが作れます。その親書は?」
「本日中に私が陛下へお渡しする手はずを整え、連絡することになっておるのです。その後、首相の元に届くことになります」
「なぜ私に?」
「今、緊急に参内できるのは、閣下しかおらんでしょう。閣下が謁見を望めば、木戸内大臣も阻止はできますまい」
「内大臣も今は終戦に向けて動いておりますし、内大臣は陛下を守ろうとしているだけなのです。戦争が終わった時、陛下が戦犯などに指名されないよう、そのことだけを気にかけておられる。ただ一方で、以前から軍部との結びつきも強い。東条とも密接だった。あなたが憲兵隊に拘留されるきっかけになった上奏文の件も、近衛さんの上奏の時に立ち会った内大臣から、梅津参謀総長に内容が流れたとも聞いておりますしな」
「その辺は、閣下にもくれぐれも気をつけていただきたい」
 首相にも憲兵隊の監視はついているのだろう、と吉田は思った。電話も盗聴されている可能性はある。グルー大使の密使の件は、ふたりの人間が知ることになった。つまり、漏れる可能性が増えたということだ。

■1945年8月3日 15:30 東京・飯田橋
 古沢中尉は、飯田橋駅から自動車の後部座席にふんぞり返って去っていく、吉田茂の後頭部を見ながら地団太を踏んだ。吉田を追うために、荻窪駅に車を乗り捨ててきた。その車は、新宿で吉田が電話をかけている間に古沢も本部に連絡し、荻外荘の見張りに置いてきた部下に回収させる手はずを取ったが、飯田橋駅に新しい車が吉田を迎えにきているとは予想しなかった。あの電話は、そのためだったのか。
 吉田の車が小石川方面へ消えたのを確認し、急いで本部に連絡して新しい車を手配した。樺山愛輔の監視を終えた富田曹長が、部下一名と一緒にくるという。樺山は昼過ぎに東郷外相の私邸を出て東京駅に戻り、大磯方面への列車に乗り込んだと富田は報告した。原田熊雄は木戸内大臣との会見は終えたが、まだ宮城にいるらしい。
 彼らは、単に囮として動いているだけではないのだろう。それぞれ面会相手に何かを告げ、何かを依頼しているのかもしれない。東郷外相はソ連を仲介にした和平工作を仕掛けているし、木戸内大臣もここへきて終戦に向けて動いているのは、憲兵隊の調査で判明していた。しかし、やはり吉田の動きが本命だな、と古沢は確信を抱いた。
 その時、目の前に黒塗りの車が停車した。吉田が去って、すでに三十分ほどが過ぎている。運転をしていた部下と富田曹長が降り、古沢の前で直立し敬礼した。古沢は敬礼を返し、すぐに富田曹長と並んで後部座席に収まる。
「小石川方面にいってくれ」と、古沢は命じた。
「吉田がどこへ向かったか、おわかりなのですか?」と、富田曹長が訊く。
「この辺は、文教地区だ。範囲を広げれば、いくつか外国の施設もある。中立国の施設も含まれる」
「そこが目的地だと?」
「わからん。しかし、可能性はある」
「外務省の一部の連中が中立国スウェーデンを通じて、敵側と交渉しようと画策していると報告がありました」
「売国奴の非国民どもだ。大日本帝国の誇りを失っている」
「何人か、引っ張りますか。少し痛めつければ、外務官僚なんてすぐに何でも吐きますよ」
 富田曹長は、下卑た笑みを浮かべて言った。獲物を前にして、舌なめずりをするような顔だ。それを無視して、古沢は言った。
「この辺りを、ゆっくりまわってみてくれ」
 今の東京では、車はほとんど走っていない。古沢の乗る車が目立つように、吉田の車も目立つはずだった。運がよければ見つけられる、と古沢は思っていた。しかし、吉田を見失って、もうすぐ四十分近くになる。古沢は焦った。その時、運転手が声をあげた。
「あの車、違いますか。中尉」
 見ると、黒塗りの電気自動車が横道から大通りに出てくるところだった。間違いない。吉田が乗った車だった。反射的に古沢と富田曹長は身を隠した。運転手には私服でくるように命じてあったので、見られても不審には思われないだろう。今朝は吉田に対して圧力をかけるために、憲兵の姿をこれ見よがしに見せつけたが、今は気づかれたくなかった。吉田がどこへいくのか、何をするのか、確認したかった。
「尾けろ。気づかれないようにな」
「わかりました」
 車など、ほとんど通っていない道だ。気づかれずに尾行するのは、無理かもしれない。古沢は、今後の吉田の監視をどのようにするか、考えを巡らせた。二十分後、吉田の乗る車は空襲で焼けた平河町の本宅の前に停まった。焼け跡に何があるというのか。広沢と富田曹長は身を沈め、運転手に吉田の車を追い越し、最初の角を曲がるように指示した。
 五十メートルほど先の角を曲がると停車を命じ、古沢は車を降りて角まで戻り、身を隠しながら吉田の様子を見た。吉田が屋敷の中から車に戻るところだった。停車している吉田の車を追い越した時、バックミラーに吉田が車を降りるのが映った。それから車を止めて角に戻るまでの時間は一分もかかっていない。その間、吉田は焼け跡に入り、すぐに車に戻ったということか。そんな短時間に何ができるだろうか。しかし、古沢の勘が何かを告げていた。
 吉田の車がUターンした。
「吉田の車を追え。私は、吉田邸を少し調べる」
「了解」と答えて、富田曹長は車に走った。
 吉田邸に向かう古沢の横を、富田曹長を乗せた車が通り過ぎていく。古沢はゆっくり歩を進め、吉田邸に入った。ここが空襲で焼けるまで、憲兵隊のスパイとして若い女中を潜入させていた。田舎の実家から食料を調達してくる女中は重宝がられ、吉田の信頼も得て様々な情報を憲兵隊にもたらせた。だが、空襲で焼けた後、実家に戻るという口実で女中は引き上げさせた。今、吉田の周辺にスパイはいない。
 あの女中を大磯の屋敷に送り込んでおくのだったな、と古沢は今になって悔やんだ。書生として大磯に潜り込ませていた男も、今は箱根で近衛文麿の監視班に加わっている。釈放した時点で、吉田にはもう何もできまいと高を括ってしまった。吉田は、六十も半ば過ぎの年老いた元外務官僚に過ぎなかったのだ。
 広い屋敷だった。非常時に、贅沢な暮らしだ。吉田の貴族趣味は聞いていたが、改めて反感を覚えた。そんなやつらが、取調室で泣いて許しを乞う姿を数え切れないほど見てきた。あの尊大な、人を見下したような吉田のそんな姿を見てみたい。古沢はそう思いながら屋敷内を見渡すと、無惨に焼けた母屋から離れた場所に、車庫が焼け残っていた。車庫に近づき、中を覗いた。立派なロールスロイスが駐まっている。
「これが、吉田が英国から運んできたロールスロイスか」と、古沢は自分では気づかずに独語していた。
 改めて、吉田の貴族趣味に体が震えるほどの嫌悪と憎しみを感じた。それは、古沢自身が心の底で吉田のような生活を羨望しているからだった。古沢は、群馬の貧しい山村で生まれた。小作人の父は、死ぬまで貧乏暮らしだった。五人の兄弟がいた。古沢は三男だった。ひどい家に生まれたものだと、今も振り返って思う。それでも、成績のよかった古沢は教師の勧めもあって、新聞配達店で働きながら学業を続けようとした。
 しかし、結局、経済的に行き詰り、徴兵年齢になると軍隊に志願した。古沢は、そこで憲兵隊の持つ権力を見せつけられ、教習隊の入隊試験をめざした。首席で合格した古沢は、教習隊で憲法、警察法、刑法、刑事訴訟法、憲兵令、法律概論などを学び、毎日、道場での柔剣道で体を鍛えられた。
 教習隊も首席で終え、古沢は憲兵隊に採用され、東京憲兵隊に配属になった。思想的な取り締まりを担当する特高部門を担当し、注目される成果をあげ異例の昇進を続けた。貧しい生まれへの怒りが、生活の苦労さえ知らず青臭いことばかりを主張する思想犯に向かったのだ。古沢は、何かに復讐するように任務に没頭した。自然、取り調べも激烈を極めた。
 昭和十五年七月、第二次近衛内閣の陸軍大臣になった東条英機は、憲兵隊幹部を自分の息のかかった人間に変えていった。東条は、憲兵を私兵のように使った。優秀な憲兵となっていた古沢は、東条に認められ、さらに重用された。やがて、東条は総理大臣、陸軍大臣、参謀本部総長を独占して権力を握り、憲兵隊を駆使して閣僚に対してさえ監視の目を光らせた。国民に対しても、徹底的な取り締まりを命じた。
 しかし、昭和十九年七月、東条内閣が崩壊すると、やがて憲兵隊にも大幅な人事の変更が行われた。東条首相に忠実だった東京憲兵隊隊長であり、憲兵隊司令部本部長も兼任していた四方大佐が更迭されたのだ。しかし、四方大佐の子飼いだった古沢中尉は、東京憲兵隊に留まった。もっとも、新任の上司である神山大佐に対しては軽蔑しか感じず、面従腹背の日々を送っている。
 空襲で焼け落ちた吉田邸の広い敷地の真ん中で、古沢の脳裡を三十年間の人生への思いが駆け抜けた。あんなロールスロイスを見てしまったからかもしれなかった。肚の底から金持ちどもへの怒りが湧き起る。吉田が赦しを乞う場面を想像し、その怒りを鎮めた。それは、近いうちに現実になるはずだ。
 しかし、たった一分足らずの間に、吉田は何をしたのか。まさか、車の無事を確認するためではないだろう。あるいは、焼け跡を確認したのか。いや、何かを回収した、あるいは何かを置いたのかもしれない。それだったら、三十秒もあれば足りる。尾行車に気づいて、こちらを混乱させるための行動だったのか、という疑いも起こってきた。いや、違う。吉田は何かの目的があってここへきた。そんな確信のようなものが古沢にはあった。とにかく、ここを部下に監視させよう、と古沢は決意した。

« ●天皇への密使・第二章その6 | トップページ | ●天皇への密使・第二章その8 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/597837/67227038

この記事へのトラックバック一覧です: ●天皇への密使・第二章その7:

« ●天皇への密使・第二章その6 | トップページ | ●天皇への密使・第二章その8 »

無料ブログはココログ
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31