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2018年10月 8日 (月)

●天皇への密使・第三章その1

現在、六巻目の「映画がなければ生きていけない2016-2018」出版準備中で「映画と夜と音楽と----」は休載し、冒険小説「天皇への密使」を連載中です。実在の人物が多く登場しますが、すべてフィクションです。

●天皇への密使・第三章その1

■1945年8月4日 06:30 平塚
 ヘンリーは、平塚駅のホームに立った。茅ヶ崎駅は、まだ憲兵の監視が続いている可能性があった。昨日、京子が夕方遅く帰ってくる時、駅の出入りを見張っている憲兵の姿が目についたという。彼らは国民服の男ふたりを探索しているのであろう。国民服の成年男子が通ると、ひとりひとり誰何していた。すでに逃亡したと思ってくれればいいが、まだ茅ヶ崎近辺に潜伏している可能性を棄てていないかもしれない。
 ヘンリーは茅ヶ崎駅を避け、人目に立たないように暗いうちに貞永家を出て、平塚駅まで歩いてきた。買い出しの人間のようにリュックを背負った方がいいと京子に勧められ、野菜を詰めたリュックを背負っている。名札の住所が東京になっているので、買い出しにきたように見せて怪しまれないためだと京子は言った。防水対応の鞄も、リュックの中に入れてある。国民服の銃弾がかすめた跡は、きれいに繕われていた。血の跡も目立たない。
 駅で切符を買う時には緊張したが、胸の傷痍軍人記章に目をやった駅員は何もいわず黙礼した。こんなところで失った三本指が役に立ったか、と苦笑いしたい思いだった。すでに横浜方面に出る人々で、ホームは埋まっていた。今日は土曜日だったが、勤勉な日本人は空襲を心配しながらも、日常生活を維持していた。早起きし、働き、ろくな食べ物がない食事をし、隣組という連絡網からまわってくる指令を粛々とこなしていく。
 父母も米国にわたって、そんな風に働き続けたのだろう。日本人は安い賃金で真面目に働くので雇い主には好都合だったが、白人の労働者たちには憎まれた。何を考えているのかわからないジャップたちは気味悪がられ、安い労働力だった日本人の移民は法律で禁止されてしまった。自分の土地を持つことも法律が禁止した。それでも父母の世代は懸命に働き、自分たちの生活を築いた。
 だが、日本との戦争が始まると、日系人は砂漠のキャンプに収容され、生活の基盤も財産も失った。アメリカ合衆国への忠誠を迫られ、アメリカ国籍を持たない父母の世代は煩悶した。俺はいい。アメリカ国籍のアメリカ人だ。祖国への愛国心を証明するために軍隊に志願し、命をかけ、ドイツ兵を殺してきた。指も失った。しかも、今は父母の国にいて、命の危険に晒されている。
 結局、ヘンリーは自分がここにいるのは、両親のためなのだと思った。無事に帰国できれば、兄の消息も知らせたかった。上陸して三十時間が過ぎた。無事に帰還するとしたら、残り四十時間で使命を果たし、上陸地点にたどり着いていなければならない。
 今日と明日は勤労動員に出なくてよい番なので、京子も同行すると言ったが断った。それでも、「男ふたりだと思われているけど、ひとりでも憲兵に調べられるかもしれないわ。女連れだとごまかせるわ」と京子は心配した。
 確かに、そうかもしれない。しかし、ヘンリーは別のことを京子に頼みたかった。瀬川にも連絡をとってもらわなければならない。そのためには、ふたりは別行動をとる必要があった。東京で落ち合う場所、連絡方法を打ち合わせ、ヘンリーは先に出た。今頃は、いつものように京子も家を出ているはずだ。
 列車がきて乗り込み、横浜駅に着いた時だった。二名の憲兵が乗り込んできた。乗客を調べ始める。見ていると、成年男子だけに身分証明書を提示させていた。やはり、まだ列車でも探索が続いていたのか。それにしては、大勢の乗客が降りる横浜を過ぎてから乗車してきたのが解せなかった。目的地が東京だと知られてしまったのだろうか。
 憲兵たちが近づいてくる。自分の鼓動の高まりに共振して、次第に列車の音が高まる気がした。落ち着かせるために父母や兄弟姉妹の顔を思い浮かべようとしたが、意外なことに浮かんできたのは、今朝、見送ってくれた京子の顔だった。
「気をつけて」と言った京子の顔がありありと甦り、ヘンリーはスッと冷静になる自分を感じた。
「おい、身分証明」と声がして、ヘンリーは顔を上げた。
「あっ、失礼しました」と、憲兵は傷痍軍人記章に気づき敬礼をした。
「おそれいりますが、身分証明を」と、口調を改める。
 特攻で国のために命を捧げれば、「軍神」になるという。国のために体を損傷した人間も敬意を表されるのだろう。ヘンリーは身分証明書を出して渡した。偽造が精巧であることを祈るしかない。憲兵は証明書を確認した。何事も起こらない。ヘンリーのリュックにも目を向けたが、何も言わなかった。敬礼をして次の人間に移った。
 今、この国で恵まれているのは、米や野菜を作っている農家かもしれない。都市生活者は農家に頭を下げ、食べ物を譲ってもらう。空襲は都市部、軍需工場、軍事施設などが中心で、田舎に爆弾が落とされる危険性は少ない。だから、多くの人間が田舎に疎開している。縁故疎開ができない都市の子供たちは、集団疎開という形で田舎にいっているらしい。
 蒲田駅を過ぎた時、ヘンリーは子供の頃、リトル・トーキョーの映画館で両親と見た栗島すみ子の映画を思い出した。あれは、蒲田の撮影所で撮られた映画だった。その時の記憶は美しく彩られている。弟と妹はまだ生まれていなかったが、兄と姉がいた。幸福感が甦る。あの時代は二度と戻ってはこないのだと、ヘンリーは思った。俺は、もう数え切れない人間を殺してきた。生き延びるために、まだまだ殺し続けなければならないだろう。

■1945年8月4日 10:30 東京・牛込
 瀬川は、五月末の山の手空襲でもかろうじて焼け残った下駄屋の二階に戻った。ここに間借りして、もう二年ほどになる。軍令部の軍属という身分が、大家である下駄屋の主人に安心感を与えているらしい。何かあった時には、特別扱いしてもらえるのではないかと期待しているのだ。軍属程度に何ができるかと思うが、そう思わせておく方が待遇がいいので放っておくことにした。
 ここは霞が関には近かったが、海軍省と軍令部が入っていた赤レンガの建物が空襲で焼け、二か月前からは第四部も第三部が以前から移っていた日吉の慶応校舎に同居している。通うには遠いが、瀬川はそのまま住み続けていた。
 昨夜は深夜まで軍令部に詰め、仮眠をとって今朝八時に勤務を終えた。今日一日は軍令部に出なくていい。部屋に帰る途中、瀬川は神楽坂の神社に寄った。お参りをし、境内を散策する風を装い、いつもの木の穴に入っていた連絡文を受け取った。京子には、神楽坂にある老舗の電話番号を知らせてあった。瀬川自身、その老舗の場所も神楽坂としか教えられていない。それを知っているだけでも、捕らえられ口を割らされることを考えると危険な情報なのだ。何も知らなければ、白状しようがない。
 帰国した瀬川は米国を出る時に知らされた電話番号に連絡し、初めて上部組織の人間と会ったが、組織の実態は知らされなかった。その後は直接会うことはなく、通信文の交換で指令を受け取り、また報告をするだけだった。時には、何かを受け取ったり届けたりすることもあり、京子に助けてもらったこともある。
 瀬川が組織に興味を抱いて情報を集めたところ、米国に亡命した共産党の元幹部が日本にいる共産党員やシンパを組織して、米国に協力する組織を作ったようだった。ソ連と米国は、今は同じ側で戦っている。だから、共産党員たちも米国に協力する。戦後、共産党幹部などの政治犯釈放を米国は約束したに違いない。しかし、戦争が終われば、共産党員たちはこの国を共産化するつもりだろう。その前段階として今は米国に協力し、日本を降伏させることに力を注いでいる。
 昭和初期の共産党への大弾圧で、主だった幹部やメンバーは獄につながれている。また転向した人間も多く、壊滅した日本共産党にどれだけの人数が残っているのかはわからない。しかし、瀬川は堅実な組織の存在を実感していた。しかし、その程度の情報も口を割らされたら、憲兵隊や特高警察にとっては手がかりになる。捕らえられそうになったら、自決するしかないだろう。京子だって、そう決意している。
 瀬川は、豆粒くらいに折り畳まれた紙を開き、拡大鏡をとり出した。小さな文字で〈四日上京。連絡乞うとのこと〉とあった。あの男だけが上京するのか、あるいは京子も含めてなのかはわからない。早朝に出たのなら、もう東京に着いている可能性はある。どこかで、菅野とは落ち合わなければならない。時間と場所を連絡する必要があった。瀬川は細いペンをとり、返事を書き始めた。
 不意に、菅野と京子が並んで列車に座る光景が浮かんだ。傷を癒すためとはいえ、菅野は京子と同じ屋根の下で一夜を過ごした。当然、言葉を交わすこともあるだろう。親密になり、私的なことを口にするかもしれない。瀬川は、そんなことを想像し、自分が嫉妬しているのを自覚した。京子があの男に興味を持ったのは、気づいていた。
 京子と初めて会ったとき、彼女は十七歳だった。あれから一年近くが過ぎ、最近の京子には女としての魅力を感じることがあった。少女から大人の女になりつつある。瀬川は、京子を愛しているのだと思った。だからこそ、京子がひと目であの日系二世に惹かれたのを、すぐに感じ取ることができたのだ。

■1945年8月4日 12:00 東京・九段
「吉田邸に不審な男が現れました。服装は、大磯で兵士を射殺した男と共通します。吉田邸の焼け跡に入り、すぐに出てきました。富田曹長が跡を尾けています」と、監視につけていた部下が電話の向こうで興奮気味に言った。
「どちらの方向へ向かった?」と、古沢中尉は確認した。
「九段下の方向です」
「わかった。すぐに応援部隊を出す。おまえは、念のために戻って、吉田邸の監視を続けろ」
 そう言って電話を切ると立ち上がり、古沢中尉は神山大佐に報告に向かった。
「吉田邸に不審な男が現れ、現在、監視中です。数人、応援に向かわせます」
 神山大佐はジロリと古沢中尉を見上げ、首を軽く振った。
「なぜ、その場で確保しなかった」
「吉田たちの狙いを探る必要があり、まず泳がせておいてと考えたのであります」
「怪しいやつは連行して、口を割らした方が早いぞ」
「わかりました。行動確認から身柄確保に切り替えます」
 古沢中尉は、自らが出動することを決めた。吉田も、不審な男も吉田邸の焼け跡に入り、すぐに出てきた。何かで連絡を取り合ったのかもしれない。すぐに男の身柄を確保すれば、吉田が書いた連絡文などが見つかる可能性がある。
「それからな、昨夜、鈴木首相の監視班から報告があがってきた。吉田茂が訪問した先は、鈴木首相の私邸だ。午後、吉田茂が車で現れ、三十分ほどで出てきた」
「吉田は、我々をまいて首相と外相を訪ねた。狙いは明らかです」
「たぶんな」と、神山大佐は気がなさそうに答えた。
 神山大佐に敬礼をして踵を返し、古沢中尉は部下たちを呼び集めた。

■1945年8月4日 12:10 東京・九段下
 やはり、吉田邸には監視がついていたなと思いながら、ヘンリーは先ほどから尾いてくる白いシャツの男を確認した。空襲で焼け残った老舗の和菓子屋の前である。砂糖もろくに手に入らない今、和菓子屋は休業状態らしく、ガラス戸が閉まったままだった。その店のガラス戸に背後を映そうと思って立ち止まったのだが、ガラスは空襲による爆風で割れるのを防ぐために、帯状に切られた紙が×の形で貼られている。
 そのような処理をしろというのも「窓ガラス飛散防止法」という法律で決められ、隣組という連絡網を通じて指令されたらしい。隣組は、互いを監視しあうものとしても機能していた。今の日本では、すべてが管理され、監視されているようだ。
 そのわずかなガラス面に、十メートルほど離れたところで立ち止まる男が映った。尾行を確認して、ヘンリーはすぐに歩き始める。靖国通りを渡れば神社がある。日本人が特別な思いを抱いている靖国神社だ。広い境内が見える。鬱蒼と茂る参道を囲む木々が見えてきた。
 吉田邸の監視は、何人いたのだろうか。確実に何かをつかみ罠を張っていたとしたら、簡単には尾行をまくことはできないだろう。自分を囮に使ったことは、正しかったのか。それにしても、空襲は東京を焼き尽くしていた。瓦礫の中にぽつんと焼け残った建物が目立っている。
 九段下の皇居の堀に沿っていかめしい建物が見えるが、あれが軍人会館なのだろう。宮城を中心として周辺には海軍省や陸軍省、様々な機関がある。憲兵隊司令部も近い。そんな地域を歩くのは危険だったが、吉田邸で連絡を確認するためには仕方のないことだった。
 ヘンリーは靖国神社に入り本殿に向かって頭を下げると、参道を九段下の方へ歩いた。長い参道に、ゆっくり歩を進める。尾けてくる男も、参道に姿を現すしかない。しかし、見通しがいいから、こちらに気づかれるのを怖れて、そう近づいてはこないはずだ。二十メートル離れているとして、ヘンリーの突然の動きに対しては反応が数秒遅れる。
 参道から脇の木々の間を抜ける細い道があり、その先の土塀に木戸があった。脇道は五、六メートルある。幸いなことに、大きな桜の木が両側にあった。ヘンリーは、突然、身を翻して脇道に飛び込んだ。木戸を勢いよく押し開け、すぐに手前の木の陰に身を潜めた。木戸が振れ戻る。白いシャツの男が走り込んできた。揺れている木戸に体でぶつかるようにして飛び出していった。
 他に追ってくる人間はいない。ヘンリーは身を起こし、木々の間を身を隠しながら迷路をたどるように本堂の方に戻っていった。尾行者がひとりなら、何とかまくことができるかもしれない。

■1945年8月4日 12:15 東京・千鳥ヶ淵
 富田曹長は、靖国神社を走り出て左右を見渡した。左の長い土塀沿いには誰もいなかった。右手の土塀は十メートル足らずで切れている。男はそこを曲がったと判断して、富田は走った。明らかに、男の動きは尾行を振り切ろうとしたものだ。男に気づかれることを、もう気にする必要はなくなった。尾行は性に合わなかった。不審者は監視するだけで行動を確認しろ、という古沢中尉の命令が気にくわなかった。不審なやつは捕まえて、取調室でじっくり吐かせればいい。
 尾行を振り切ろうとしたことで、男は自白したも同然だ。吉田と接触し、陸軍兵士を射殺した男に違いない。角を曲がると、再び靖国通りが見えた。渡れば千鳥ヶ淵だ。古沢は靖国通りに出て見渡した。どこへ消えたのか。遅れたのは数秒だ。どこか身を隠せる場所を探したが、何もなかった。民家が建っていたあたりにはバラックが点在しているが、短時間であのあたりまではいけないはずだ。
 トリックにひっかかったか、と富田は思った。周囲を確認しながら、先ほどの木戸に戻る。木戸を大きく揺らし、手前の大木の陰に身を潜めれば完全に隠れてしまう。富田は木々の間を丁寧に確認した。やはり、トリックに引っかかってしまったようだった。
 富田は、靖国神社の社務所に向かった。社務所には中年の宮司がいた。電話を借り、憲兵隊司令部に連絡する。古沢中尉以下、東京憲兵隊の五名が九段下方面に向かったという。電話を切り、富田は靖国通りに出た。古沢中尉たちを待つつもりだった。
 古沢中尉たちは、すぐにやってきた。靖国通りに立つ富田を見つけ、車を停めると、バラバラと降りてきた。富田を取り囲むように立つ。古沢中尉が目の前で背を伸ばした。富田は敬礼もしなかった。
「尾行を振り切られました。やっぱり、吉田邸の前で確保しておけばよかった。一名での尾行には限界があります」と、ふてくされたように富田は報告した。
「二名で尾行し、男がどこかに落ち着いたところで一名が見張り、一名が連絡を入れればよかったのだ。そうすれば、男の目的もはっきりしたはずだ」と、古沢中尉が厳しい口調で言う。
「男は、まだこの近辺にいるはずです」
「わかった。九段下、千鳥ヶ淵、飯田町、麹町、市ヶ谷に人員を配置して、男を封じ込める。見つけ次第、身柄を確保する。人相特徴を話せ」
 古沢中尉のいらだちが伝わってきた。

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