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2018年12月 6日 (木)

●天皇への密使・終章

「映画がなければ生きていけない2016-2018」出版準備中で「映画と夜と音楽と----」は休載ですが、「天皇への密使」も最終回です。実在の人物が多く登場しますが、すべてフィクションです。なお、六巻目の「映画がなければ生きていけない2016-2018」は、アマゾンで予約受付が始まりました。

●天皇への密使・終章

 長い物語が終わった時、傾いた夕陽が障子を赤く染めていた。彼女は話し終えると、思い出をかみしめているのだろうか、じっと黙ったままだった。沈黙が続いた。私は改めて質問したいことがあったけれど、何も言えず、彼女がふたたび口を開くのを待った。縁側から涼しい風が吹き込んできた。その風が、彼女を一九四五年の夏から三十年後の夏に呼び戻した。
「長い物語でしょう」
「ええ、驚きました」
「戦後になって、調べてみたの。あれは、どういうことだったのかとね。サンフランシスコで講和条約が結ばれたのが、昭和二十六年の九月。その条約の発効が翌年の四月末だった。日本が独立国に戻ったのは、その時よ。まだ、朝鮮戦争は続いていた。私が彼と一緒に初めてアメリカへいったのは、それから三年後。昭和三十年になっていたわ」
「彼というのは、ヘンリー・スガノ?」
「そう。彼は日本が独立した後、菅野兵介として日本人になり、私にプロポーズした。私は断わったわ。ヘンリーは私が瀬川さんを愛していて、そのために断わったのだと思ったようだった。それでも、彼は日本に残った。瀬川さんとの約束を果たさなければならないと言ってね。それから十年、彼はガンで亡くなったの。最期は看取ることができた」
「あの仏壇の写真の、スーツを着た中年の紳士ですか?」
「そうよ。亡くなる一年前の写真。収容所で撮った写真は、お兄さんのジョニー。収容所で別れる前にヘンリーが撮影した写真なの」
「ハーヴァードのキャンパスで写っているのは?」
「瀬川玄一郎。彼の住んでいた部屋を私が整理して、遺品を親族に送ったの。迷惑がられたかもしれないけど、血のつながった人たちだからね。その時、あの写真を見つけて、もらっておいた。たぶん、瀬川さんが一番幸せだった頃の写真ね。だから、明るく笑っているのよ」
「アメリカでは、ヘンリーの家族に会ったのですか?」
「会ったわ。お兄さんの遺骨も届けた。お母さんに、『思い出の貝殻を戻します』と言ったら、『あなたが、持っていなさい』と言われた。ヘンリーが、それを私に渡した意味がわかっていたのね」
 昭和三十年。一九五五年だ。日本では「もう戦後ではない」と言われ、テレビも普及し始め、三年後に完成する東京タワーの建設計画がスタートした。長く首相を務めた吉田茂が退陣し、鳩山一郎内閣が成立した。米ソの対立は激しくなり、冷戦が続いていた。大国は競うように水爆実験を行った。
「ヘンリーのお兄さん、ジョニー・スガノは、やはりアメリカのスパイとして日本にきたのですか?」
「わからなかった。でも、瀬川さんは確信を持っていたようね。だから、自分の正体を明かしてヘンリー救出の話を持ちかけたのよ」
「反米的な敵性国民という擬装をして、命がけでアメリカのために働いた。それなのに、何も報われなかったのですか」
「そんなものかもしれないわ。強制収容された日系人には何の補償もなかったし、差別的な移民法が改正されたのも、戦後だいぶ経ってからだった」
「結局、原爆の爆破実験の記録フィルムはどうなったのですか?」
「天皇に渡る前に、ヒロシマに原爆が落とされた。もっと早く、それを首相や陸相が見ていたら、原爆を落とされる前に日本はポツダム宣言を受諾したかもしれない。でも、たぶん軍部を抑えることはできなかったでしょうね。大本営はヒロシマに落とされたのが原爆とわかっていても、『新型爆弾』と発表して被害を過少に報告した。どちらにしても、歴史に『もしも----』はないわね」
「アメリカの政治家たちは、どうなっていました?」
「トルーマンは、大統領を二期務めて故郷に引きこもった。ルーズヴェルトは四期めの当選をしたけど、数カ月後に死んだの。彼が生きていたら、原爆を落としたかしら。落としたでしょうね。原爆の開発を推進したのは、ルーズヴェルトだったから。スティムソンは戦争が終わって五年後に亡くなり、バーンズは『ポケットに原爆』と言われた原爆を背景にした強硬外交を嫌われ、戦後二年でトルーマンに罷免された。グルーは八月十五日に国務次官を辞任し、戦後、アメリカ対日協議会を組織した。その後、日本はグルーに勲章を授与し、皇太子がアメリカまで届けたけど、大使館での授与式には老齢を理由に出てこなかったそうよ。一九六五年に八十四歳で亡くなった」
 戦後三十年経ったのだ。多くの人が世を去っていた。終戦を担った鈴木貫太郎首相も、戦後の日本を担うことになった吉田茂首相もすでに鬼籍の人だ。彼らと、目の前にいる貞永京子という美しい中年の女性とが、三十年前の数日間、密接な関係があったことは誰も知らない。それを想像すると、不思議な感慨が湧き起ってくる。
「さあ、夕飯の支度をしましょう」
 彼女は自分自身に言い聞かせるように、そう言って立ちあがった。
「僕も風呂を沸かします」
 私は立ちあがり、縁側から庭に出た。
 その夜のことだった。私がその日のことをノートに書き終えたのは、夜の十二時近くになっていた。ふと気になって、離れの窓を開き母屋を眺めた。いつもは十時には明かりが消えているのに、まだ明かりがともっていた。仏間の電灯が点いているようだった。その時、仏壇の三人の写真をずっと見つめている彼女の姿が、私の脳裏に浮かびあがってきた。

 貞永京子の葬儀に参列したのは、介護施設の人たちと彼女の遺言処理を行う弁護士だという初老の男性を別にすると、私たち親子だけだった。介護施設の介護士長だという女性が、貞永京子の遺言に従って連絡をし、葬儀を手配した。弁護士によると、貞永京子の遺志に従い、遺産はいくつかの団体に寄付することになっているという。
 ずっとひとりだったようだが、晩年もそれなりに余裕のある生活だったのだろう。化粧を施された貞永京子の顔は八十八歳なりの年輪は重ねていたけれど、四十年前の夏、十九の私が魅せられた気品と美しさが保たれていた。母も「きれいね。昔から変わらない」とつぶやいた。
 彼女の棺の中には、仏壇にあった三枚の写真と守り袋が収められていた。介護士長によると、それは彼女の遺志だったという。やはり、終戦直前の三日間が、彼女の人生の輝ける記憶だったのだ。しかし、あの父親の著書に隠されていた拳銃はどうしたのだろうか。もう、とっくに処分したのかもしれない。
 棺は閉じられ、車に乗せられ、火葬場へ向かった。私と母はつきそい、彼女が骨になるのを介護士長と共に待った。弁護士は用があるということで、告別式が終わると帰っていった。施設の関係者も仕事があり、介護士長だけが火葬場までつきそった。彼女は、骨壺を受け取り、納骨まで責任を持って行うと私たちに告げた。
「どれくらい、施設でお世話になったのですか?」と、母が訊いた。
「三年ほどですね。広い敷地の屋敷を売り、私どもの介護付きマンションに入居された時は八十五歳でした。頭は亡くなるまではっきりしていたのですが、体の方が弱ってしまって、日常生活を送るのがつらくなっていたようです。おひとりですから、大変だったろうと思います」
「そうですか」と、母はうなずいた。
「貞永さんは、翻訳家だったそうですね。そのせいか、亡くなるまで、よく本を読んでいらっしゃいました。テレビで見るのはニュースだけ----」
「頭のよい方だったのよ」
「そんな貞永さんが、夏の今頃の時期には窓辺に車椅子を寄せて、一日中、じっと海を眺めていらっしゃいました。何か、祈りを捧げているようにも見えました」
 介護士長の言葉に、私は四十年前の夏の朝を思い出した。海を眺めて祈っていた、貞永京子の後ろ姿が甦る。終戦の夏の死者、菅野丈太郎と瀬川玄一郎のために祈っていたのだろうか。いや、あの夜、もうひとり死者がいた。憲兵隊の古沢中尉だ。彼女も「三人が死んだ」と口にした。
「彼女が亡くなった後、連絡してほしいと言い残したのは、私だけでしたか?」と、母が訊いた。
「ええ」
 その介護士長の返事を聞くと、母は私を振り返った。
「あなたは、京子さんのこと知っていたかしら」
「四十年前の夏、ひと月も貞永さんの家で世話になったよ」
「そうだったかしらねぇ」
「母さんが頼んでくれたんだよ」
「そうだったかしらねぇ」
「そうだよ」
「おまえ、その時、何か聞いた?」
「終戦当時の彼女の思い出話」
「終戦当時ねえ。一緒に勤労動員で軍需工場にいってた頃よ。あの頃、十八で、京子さんは本当にきれいだった。お母さんがイギリスの方だったから、日本人離れしたスタイルで、背が高くて、髪の毛も栗色で----。でも、そのせいで、嫌な目にもあったのよ。あの頃の日本ですからね」
 母は惚けてはいなかったが、昔話を始めると止まらなくなった。昔のことはよく憶えていて、克明に話す。だが、貞永京子の終戦当時のことは、聞いたことがなかった。
「京子さんはね、最初に会った時からいつも沈鬱な顔をしていたけれど、あの年の夏は、いつにも増して憂い顔だった。八月の半ば頃だったかしら、憂い顔にさらに暗い影がさすようになった。終戦になってひと月くらい後だったかしら、その憂い顔が一瞬明るくなった。心配していた人が、生きていたって----。あの頃は、みんなそんな人を待っていたのよ。戦地にいた夫や恋人や兄弟が無事だったと知って喜ぶ人もいたけど、戦死がわかって悲しむ人もいた。京子さんも大事な人をひとり、亡くしたとも言っていたわね。あれは、もう冬が近くなった頃だったかしら、急に学校をやめると言いだしたの」
「どうして?」
「私も理由を訊いたわよ。そしたら、『私は人を死なせたの。今まで通りには生きていけない』と言うの。もちろん、それは直接的な意味じゃないと思った。あの頃、人の死に責任を感じることはいっぱいあった。それだけ、身近に人の死がたくさんあった。女学校の友人のひとりは母親の手を引いて空襲の中を逃げ惑ううち、母親の手を離してしまい、母親が焼け死んだのを自分のせいだと思いこんだ。何かというと、『私は母を殺した』と泣いたわ。そんなことは、いっぱいあったの。私もそう思って、決心をひるがえすように説得したけど、駄目だった。翌年から、彼女は学校にこなくなった」
「その後、いつ会ったの?」
「しばらく会わなかったのだけど、私がお父さんと結婚する時に招待状を送ったの。そしたら返事がきて、『出席はできないけど、今度、おふたりで遊びにきて』とあったの。私たちは、その年の夏に彼女の家に遊びにいき、それから数年は毎年、夏にお父さんとお邪魔したのよ」
「いつごろ?」
「まだ、日本が占領されていたころかしら」
「彼女は、ひとりで住んでいた?」
「お祖母さんとふたり」
「男性はいなかった?」
「一度、男の人がきていたのに、出会ったかしら」
「どんな人だった?」
「よく憶えてない。でも、左手の指がないとかで、白い手袋をしていたわ。『戦争でやられたのよ、きっと』って、お父さんと話したことを憶えてる」
 その戦争がヨーロッパ戦線で、ナチスと戦った時の戦傷だとは、両親は想像もできなかっただろう。しかし、なぜ彼女は愛していたヘンリーの求婚を断ったのだろう。ヘンリーの死を看取るような関係だったのに、なぜ一緒に暮らさなかったのか。なぜ、ひとりで生きてきたのだろう。ヘンリーが思っていたように、瀬川に殉じたのだろうか。瀬川が死んだ以上、自分だけが幸せになるのをためらったのだろうか。

 その日、母を実家に送り、私は車で十分ほど離れている自宅に帰った。子供たちが独立し、今は妻とふたりだけで都内のマンションで暮らしていた。この四十年、私は平凡な人生を送ってきた。大学を出て商社に就職し、あちこち転勤で動いたが、三十過ぎで結婚し、一男一女に恵まれた。いろいろあったが、過ぎてみればみんな済んだことだ。今は還暦を控え、落ち着いた人生を送っている。
 すでに夕方で、妻は買い物にでも出たのか、不在だった。私は自分でお浄めの塩を体にかけ、玄関に入った。黒いネクタイを外しながら書斎にしている部屋に入り、洋服箪笥に脱いだブラックスーツのジャケットをかけた。キッチンへいきグラスに氷を入れてウィスキーを注ぎ、リビングのソファに腰を下ろした。不意に、大きなため息が出た。
 貞永京子の訃報が届いて以来ずっと、四十年前に聞いた物語を何度も何度も反芻した。思い返せば返すほど、彼女が語った細部が甦ってきた。おどろくほど鮮明に、私は物語を描き直すことができたのだ。まるで、目の前に映像が浮かんでくるようだった。そして、疑問も甦った。一瞬で恋に落ちた相手の求婚をなぜ彼女は断わり、ひとりで生きる道を選んだのか。そこには何か、彼女が語らなかった原因があるのではないだろうか。
 その時、母から聞いた彼女の「私は人を死なせたの。今まで通りには生きていけない」という言葉が浮かんできた。あれは、文字通り「人を殺した」という意味だったのではないだろうか。彼女は、憎い男に向かって、小型拳銃の引き金を引いたのではないのか。
 海に向かって祈るような姿を見かけた四十年前の朝、彼女は「三人が死んだ」と言った。菅野丈太郎、瀬川玄一郎、それに古沢中尉だ。三人の中には、憎んでいた相手が入っている。そして、あの夜、彼女は瀬川とヘンリーを案内するために、父親の形見の拳銃を持って家を出た。あの拳銃は、三十年後も仏壇の引き出しにしまわれていた。あの拳銃のことを「あの夜、私を守ってくれた」と彼女は言った。
 あの夜、ヘッドライトが消えた後、彼女だけが見えていたという。しかし、彼女以外にも見えていた人間がいたのではないか。古沢中尉はヘンリーに撃たれ、彼女の方へヨロヨロと向かってきたと言った。その目が正面から彼女を捉えたと言った。突然消えたヘッドライトのせいで、本当に何も見えていなかったのだろうか。おぼろげにでも見えていたのなら、中尉は彼女に気付くだろう。
 彼女は、向かってくる古沢中尉を撃ったのではないか。二十五口径の小型拳銃でも、眉間を撃ち抜けば相手は死ぬ。古沢中尉が車にぶつかり、ボンネットに手をついてフロントガラス間近に顔を寄せ、車の中の彼女を見た。とっさに、彼女は古沢中尉を撃った。そして、それをヘンリーに言えなかった。古沢中尉を殺したのは、ヘンリー自身だと思わせてしまった。それが、彼女がヘンリーの求婚を断り続けた理由ではなかったのだろうか。
 とっさに撃ったのかもしれないが、彼女が古沢中尉を殺せば「父の復讐」になる。引き金を引く瞬間には身を守る思いでいっぱいだったとしても、自分に復讐心がほんの少しでもなかったか、憎しみと殺意があったのではないか、自分は父の復讐のために引き金を引いたのではないか、と次第に浮かんでくる己への疑問に悩んだのではないだろうか。
 人を殺したことが、次第に彼女の中で重荷になっていった。十八の娘が人を殺して平気でいられるはずがない。そして、そのことを言いそびれ、時間が経てば経つほどヘンリーには打ち明けられなくなった。だから、彼と結婚し一緒に暮らすことはできなかった。
 四十年前、私が会った貞永京子は、優雅な物腰のとてもやさしい人だった。感情を高ぶらせることなく、いつも穏やかな表情を浮かべて日常を送っていた。あの夏に聞いた物語も、そんな彼女の口から語られると現実離れした冒険譚に思えた。「殺人」は、あの貞永京子と結びつかなかった。しかし、彼女は、本当に古沢中尉を殺したのかもしれない。
 貞永京子は、何と孤独な人生を送ってきたことだろう。母を殺され、父を廃人にされ、十八で人を殺した。彼女はどんな思いで、戦後七十年を生きてきたのだろうか。幸せを感じる時はあったのだろうか。ヘンリーが死んでからでも五十年、彼女は孤独な人生を歩み続けた。たったひとりで、長い年月を生きた。戦争は、彼女の人生を奪った。愛する人との暮らしを奪い、ささやかな幸せを奪った。
 海を見つめて祈っているように見えた貞永京子の姿が、深い悲しみを伴って浮かび上がってきた。 (了)

■参考文献(順不同)
「昭和 二万日の全記録」        講談社
「昭和史発掘」松本清張        文春文庫
「昭和史」半藤一利・著        平凡社
「昭和陸軍全史」川田稔        講談社現代新書
「日本のいちばん長い日」半藤一利      文春文庫
「日本のいちばん長い夏」半藤一利      文春新書
「原爆が落とされた日」半藤一利・湯川豊     PHP文庫
「日本崩壊」大森実         講談社文庫
「ヤルタからヒロシマへ 終戦と冷戦の覇権争い」
    マイケル・ドブス/三浦元博・訳  白水社
「黙殺 ポツダム宣言の真実と日本の運命」仲晃    NKH BOOKS
「終戦史 なぜ決断できなかったのか」吉見直人    NHK出版
「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」鳥居民   草思社
「『スイス諜報網』の日米終戦工作」有馬哲夫    新潮社
「高松宮と終戦工作」工藤美知尋      光人社NF文庫
「カウントダウン ヒロシマ」
   スティーヴン・ウォーカー/横山啓明・訳  早川書房
「日米戦争と戦後日本」五百旗頭真      講談社学術文庫
「侍従長の回想」藤田尚徳        講談社学術文庫
「回想十年」吉田茂         中公文庫
「父 吉田茂」麻生和子        新潮文庫
「吉田茂という逆説」保阪正康       中央公論新社
「赫奕たる反骨 吉田茂」工藤美代子      日本経済新聞出版社
「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」北康利    講談社
「滞日十年」ジョセフ・C・グルー/石川欣一・訳   ちくま学術文庫
「駐日米国大使ジョセフ・グルーの昭和史」大田尚樹   PHP
「ヘンリー・スティムソン回顧録」
  ヘンリー・スティムソン/マックジョージ・バンディ 中沢志保/藤田怜史・訳
            国書刊行会
「鈴木貫太郎自伝」鈴木貫太郎       日本図書センター
「宰相鈴木貫太郎の決断」波多野澄雄      岩波現代全書
「無念なり 近衛文麿の闘い」大野芳      平凡社
「東条英機と天皇の時代」保阪正康      ちくま学芸文庫
「戦艦大和ノ最期」吉田満        講談社文芸文庫
「日米交換船」鶴見俊輔/加藤典洋/黒川創    新潮社
「戦陣訓の呪縛 捕虜たちの太平洋戦争」
   ウルリック・ストラウス/吹浦忠正・監訳  中央公論新社
「四人の軍令部総長」吉田俊雄       文春文庫
「秘録陸軍中野学校」畠山清行/保阪正康・編    新潮文庫
「特高警察」荻野富士夫        岩波新書
「憲兵 元・東部憲兵隊司令官の自伝的回想」大谷敬二郎  光人社NF文庫
「憲兵物語 ある憲兵の見た昭和の戦争」森本賢吉   光人社NF文庫
「帝国陸海軍軍事の常識 日本の軍隊徹底研究」熊谷直  光人社NF文庫
「ノー・ノー・ボーイ」ジョン・オカダ/川井龍介・訳  旬報社
映画「愛と哀しみの旅路」(1990年)アラン・パーカー監督
映画「ヒマラヤ杉に降る雪」(1999年)スコット・ヒックス監督
その他、いくつかのインターネットサイトを参照しました。

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